Author Archives: まつもと

【ルーツVol.9】職業:NPO法人理事長 /新田 昌恵

教えたいママ、学びたいママ、運営するママの3者が支えあい、活動を続けるママサークル「マミー・クリスタル」。大阪府摂津市という限られた活動範囲にも関わらず、現在登録ユーザー700名を超えるこの組織を立ち上げたのは、摂津市在住・二児の母、新田昌恵さんだ。現在は、“What’s SETTSUを、That’s SETTSUに”というテーマを掲げ、摂津市の街おこしに取り組むNPO法人「摂津まるごとプロジェクト」の理事長を務める彼女。今回は日々精力的に活動する、新田さんのルーツを辿ってみました。

我ながら驚くほど、冷めた子供だった

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松本|確か、新田さんと私がお知り合いになれたのって、
オヤノミカタ松井さんのご紹介がキッカケでしたよね?

新田|そうですね、昨年(2017)の夏くらい?でしたかね。

松本|お会いしてお話し聞いているうちに、すごいアグレッシブな人がいるんだなって。驚いた記憶があります(笑 子供の頃から、新しいことをやりたい人だったんですか?

新田|あー!そこ(子ども時代の話)から、インタビューしますか!
いやー…マミー・クリスタルとか、摂津まるごとプロジェクトのスタートアップについてはよく回答しているので、そこから聞かれるかと心の準備してましたが…。
油断してました(笑

松本|すいません(笑)

新田|私ね、実はほとんど記憶がないんですよ、小学5年生以前の記憶が。
ちょうどその頃引っ越しをしてて、悪い事して怒られた記憶だけしかない(笑

松本|結構やんちゃな子だったんですか?

新田|暴れるとかそういうんじゃなくて、毒吐くというか。そういう子だったんです。
どこか冷めてて、冷静にぽろっと冷たい言葉を言ってしまうような子。みんながセーラームーンの話をしてても1人だけ覚めていた記憶があります。友達には一線ひいて付き合っていました(笑。

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でもそれじゃいかんのだろうなーと、子どもながらに考え出してた頃に、同じ地域の中で転校したんです。でも、それをきっかけに新しいあだ名がついたり、友達が増えたりして。
転校前はひとりでいることが多かったんですが、「あぁみんなといると楽しいんだな」って、気づいたんですよね。そこからですね、みんなと遊ぶようになったのは。
中学・高校もバスケ部に入部して、活発な少女に生まれ変わりました。バスケをしたことで自信がついたのかもしれませんね、学校の成績も一緒に伸びていきました。

大学に見切りをつけ、歌手を目指した10代。
上京直前の妊娠発覚

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松本|高校卒業後は、大学に進学を?

新田|はい。でもすぐやめたんです。高校は英語専門の進学校に通っていて、当然自分も大学に進学するもんだと思い込んでたんですけど、親から「学費、貯金してないよ」って、ある日突然言われまして(笑。ああ、そういうもんなんだ、と。びっくりしたんですがも、そこから必死でバイトしてお金稼いでました。

松本|それだけ一生懸命働いたのに、すぐやめたのはどうして?

新田|入った学科がフランス語学科だったんですけど、「これ、将来に生きてくるのかな」って、疑問に思い始めたんですよね。通学も片道だけで1時間半ぐらいかかるし、夜はもちろんバイトしてるから睡眠時間もままならない。でも働かないと学費払えないから働かざるを得なくて。
入学して1年は頑張ったんですけど、これはもう無理だな、と。大学行けば行くほど、それだけ借金がかさむ訳だし。これだけ頑張って働いたお金を、つぎ込むだけの意味はないな、って思った瞬間、辞める決意をしました。それだけ金額も大きかったですからね。友達にもめっちゃ引き止められたんですけど、辞めるって決めました。入るって決めたのも自分だし、やめるって決めたの自分ならいいか、って。

松本|わー。。めっちゃいい経験してますよね。普通、若いうちからそんなにお金の大切さを痛感出来る状況ってなかなかない。

新田|働くこと自体は好きだったんですけどね。バイトも20種類以上はしましたよ。全部接客業。人と接する仕事は、面白かったんです、直に感謝の言葉を言えるから。常に笑顔ですしね。笑ってずっといられるし。

松本|若いときから自立してたんですね

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新田|うーん、そうかもしれません。そういえば18歳の時、家出もしましたね。
母とちょっとした喧嘩、みたいな出来事がキッカケで。初めての一人暮らしでした。

松本|お母様とは折り合いが悪かった?

新田|10代後半の頃は、よく喧嘩してました。今はめちゃ仲いいんですけどね。母は正論を言っているんですけど、私が言う事聞かなかっただけ(笑。 いま思えば距離が近すぎたんだと思います。
一人暮らしのときはバイト4つぐらい掛け持ちしながら生活してたんですけど、
実は、その時にバンドも始めたんですよね

松本|えー!バイトだけでも大変なのに、バンドまで!すごいですね・・。

新田|弟の紹介で、ちょうどバンドのボーカルを探してたんですよね、スカバンドの。
女性ボーカルを探してたんです。そしたら弟が「うちのお姉ちゃんどうですか」ってすすめてくれた。でもそれがキッカケで歌手になりたい、と思うようになったんです。
そこからオーデション受けたり、その後バンドが解散になっても、私は本気でソロ歌手を目指したり。

松本|それは幾つくらいの話です?

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新田|19歳の頃です。そう、だから遅すぎるんですよね、歌手を目指すには。でも東京の新人歌手発掘番組とかにも、出演させてもらったりしてたんですよ。審査員にも、結構著名な方が集まっていて。しかも番組出演後、さらにブラッシュアップしたいから、もう一回東京来てくださいって言われたんです。それと同時に、別の事務所からも声がかかったり。この勢いで「もう、これは上京や!」と意気込んで(笑。 東京のウィークリーマンションを契約して、明日お金入れますって言う段階まで進んでたんですが、その段階で分かったんです、初めての妊娠が。

松本|!!!それ…ちょっと運命感じますよね・・。

新田|そうですね、その時できたのが長女です。そこで東京行ってたらいま、ほんとに今どうなってたかわからないですよね。うん、タイミングですよね。

松本|東京が決まってた時に分かった妊娠、って…正直どんな気持ちでした?

新田|正直、すごい複雑でした。最初分かったのは百貨店のトイレの中。自分で妊娠検査薬を使って発覚したんです。でも自分でも意外だったんですけど、東京行きがダメになったこともよりも、スゴく嬉しい気持ちが先に立った「私がママ?!」って。
すごく嬉しい気持ちになれたのを、いまでも覚えてるんですよね、これ、理屈じゃなくて嬉しかった。

恵まれた「環境」があったから、
活動できた

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松本|そっかぁ…。えーっと、それが今から13年前の話?ですよね。
どうでした?この13年は早かったですか?

新田|早かったですね。いまは学年で言うと2つ違いの次女もいて、もう10歳になります。

松本|そっかぁ。確かに新田さんって端からみていても、スピーディーに動いてるな、という印象があります。それって元からの行動力なのか、子供や家族が原動力になって動けたのか。どっちが近いですか?

新田|どっちかなぁ…。摂津に引っ越してきたのは、いまから7年前になるんですけどそのタイミングで阪急摂津市駅ができたんですね。その時に駅前のコミュニティプラザもできた。家も駅から凄く近くで、しかもその家は旦那さんの育った実家で、旦那さんの両親も近くにいて。さらに私の両親も摂津ではないにしても、すぐ駆けつけられる距離に住んでいた。これだけの「環境」が整っていたっていうのも、動けた理由だと思います。

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松本|環境、大事ですよねー。それすごくわかります。

新田|よく「新しいことをやりたいです」ってご相談いただくことがあるんですけど、私は「環境」があったから出来た、ということをお話するようにしています。環境がなかったら、今の活動はできてなかった。

松本|そっか。ちなみに新田さんとこに相談しに来られる方って、サークル参加をしたいと思ってるのか、組織を作りたいと思っている方なのか…。

新田|両方なんですよ。むしろ、組織運営するには、3つの役割が必要だと思っていて。
先生になって教えたい人生徒(お客さん)になりたい人。そしてその組織を運営する人
この3つが支えあったらいいやん、ってことでマミー・クリスタルでは、
「ティーチングマミー」=教えたい人、
「ラーニングマミー」=参加する人
「シッターマミー(スタッフ)」=運営する人、
の3つにわけて組織を運営しているんです。
ちなみに私はファシリテーターとか、全体を調整していく役割が得意。だからいま運営する側にいるんですよね。

この三角形があれば、環境がない人でも組織に参加出来る。
ただ、もしも自分で組織を立ち上げたいのなら、環境は大事です。
だからこそ、環境がととのっていた私は一から組織の立ち上げが出来た、と。

松本|組織を一からつくるって、ホント大変ですもんね・・。

新田|そうなんですよね。いくら組織をつくりたくても、家族が不満や不安を抱くなら、やめといたほうがいい。なんのためにその組織つくりを始めたのか、って話になるから。
家族を不安にさせるなら、やるべきじゃないと私は思っています

松本|なるほど。いまはマミー・クリスタルの中にティーチングマミー、ラーニングマミー、シッターマミー、この三者で構成される三角形がしっかりある、だからどんな環境のママでも参加できる、という訳ですね。これがいま、摂津まるごとプロジェクト活動のベースになっている、と。こういう感じですか?

新田|そうですね。マミー・クリスタルの上に、摂津まるごとが重なっている、そんなイメージです。実は、この摂津まるごとプロジェクトを始めたキッカケは、マミー・クリスタル内のメンバー、つまりママたち自身の声なんです。マミー・クリスタルをやりながら、自分たちが活躍できる場や、地域を盛り上げるようなイベントをやりたい、って言う、そんな声が出てきたんですね。

松本|地域を盛り上げたい?

新田|はい。自分たちがマミー・クリスタルの活動で満たされたからなのか、「次は自分が誰かに何かしてあげたい」みたいな、奉仕の精神が出てきたみたいなんですね。地域のためにもなんですが、自分たちもそれ以外のママも、もっと活躍出来る場をつくりたい、というメンバーがぽこぽことでてきた。

松本|それは収入的に?それとも社会と繋がっていたい?と。

新田|後者ですね。むしろ自分が稼がないと家計が回らない人、それくらい稼がないといけない人にとっては、いまのマミー・クリスタルでは現状、厳しい。いますぐ満足いく収入をカバーできるだけの仕事は、得られないでしょうから。私自身もマミー・クリスタルや摂津まるごとプロジェクトに関しては、お金を払って経験するくらい、貴重な経験・価値が無料で得られている、と思っていて。お金も大事ですが、プロセスもとても大事だと思うんです。

松本|うんうん、プロセス、大事です。

マミー・クリスタルは「リアルドラクエ」

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松本|マミー・クリスタルの最終的な目標って、どんなカタチですか?

新田|難しいんですけどね、特に地域を盛り上げる、ってことに実は答えが無いので。正解とか不正解がないですから。でも外から入ってきた私から見ると、もったいないなー!と思うことってたくさんあって。それが私を突き動かしている感じはあります。

松本|なにが「もったいない」と?

新田|もったいないな、と思うのは人に対してですね。こんなにおもしろい人が摂津にはたくさんいるのに、なんで知らないの!?なんで広める人がいないの?!もったいない!っていう。この気持ちが根底にあるんですよね。マミー・クリスタルの中にも、それ以外にも、摂津には面白い人がいっぱいいる。これを広めない手はないなと。

松本|なるほど、そのもったいないか。…でもね、それにしても不思議だなーと思っていまして。
人を広めたいとしても、やっぱり一から組織をつくるって、なかなかしんどいじゃないですか。
新田さんのモチベーションって、一体どこあるのか…と。

新田|うーん、自己満足ですね(笑 …ただひとつだけ、今私がなぜこういう活動をしてるかと考えたら…昔から「ドラクエが好きだから」かな、と。きっとそのせいです(笑

松本|ほう!ドラクエ!!

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新田|今はハマってしまうのが自分でもわかってるのでやらないんですけど、妊婦の時は9時間ぐらいやってて。最初、マミー・クリスタル始めた時には、「あー、これリアルドラクエだ」って思ったくらい

松本|『勇者・昌恵は、賢者に出会った』、みたいな感覚があったってことですか?

新田|そうそう!そうなんです(笑。マミー・クリスタルを立ち上げた頃、ミクシィでコミュニティをつくったんですね。そしたらそこに思いの外、ぽこぽこっと人が入ってきて。すごいハイペースで増えていったんです。気がつけば50人、次に100人、って感じで。それを行政の人に相談に行ったんですよ、その時は子育て支援課だったかな?「この短期間で摂津の人がこんだけ集まってくれているんですけど」って。すると「サークルなら市の施設を借りるのが安くなるよ」とか、「こんな施設があるよ」とか、いろいろ教えてもらえて。市の情報がどんどん入ってきたんです。

さらに問い合わせると「この人を紹介するよ」とか「あの人に会うといいよ」とか言われて、どんどん次の部署に繋いでもらったり、その人がまた別の人を紹介してくれたり。まさに数珠つなぎで、いろんな人に出逢っているその時に、「あれ?これどっかでやったことあるな」と。そう、私の大好きなドラクエに似てるな、と(笑

松本|ドラクエ(笑

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新田|もう、こんな感覚でマミー・クリスタルやってると知られたら申し訳ないくらいなんですけど…(笑。 でも、ほんっとうにそれが楽しいんです。今でも素敵な人に出会うと、ときめいちゃいます、『あーこの人仲間に入れたい』とか思っちゃって。

松本|あー、、、でもそれで腑に落ちました。いや、それがモチベーションなら理解出来ます。そうでなければ、いくら『地域のために!』って言ったとしても、大変な組織づくりをやり続ける新田さんって、もしかして聖者じゃないの??とか思ってて。

新田|あー、むしろ自分が楽しい、と思える事しかまったく興味がないですね。
でもその「リアルドラクエ」で、最近ゴールド稼げるようになってきた、っていう(笑

松本|ホントですね!

私は生粋の「旗振り役」。

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松本|今後どうしていきたい、っていうイメージってあります?

新田|うーん、それこそドラクエじゃないですけど、素敵な『エンディング』を迎えたいですかね。
でも何を成し遂げたい!とかもないんです、楽しく続けられたらいいなって思ってるぐらい。

松本|その「毎日楽しくいられる秘訣」って何でしょう?いや、結構毎日楽しくない人っているはずなんですよね

新田|あーなんだろう…。私はプラス思考、かな。そこかな。

松本|そっかプラス思考か…。でも端から見てるとですね、そのプラス思考に加えて、「嫌な事してない」って言う感じがします。嫌なこと、つまり興味がない事はしない、だから楽しい。取捨選択が上手と言うか。

新田|あ、そうかもですね。私ね、「これしたい!」って、おもしろそうなこと、ピンとくるものをいつも探しているんですけど、いかんせん突進型なのでね…。いつも周りにポロポロ落としていくんです。でもそのこぼれたものを周りのスタッフさんが、みんなが拾ってくれるんです。ホントみんな気が利く人が多い。

松本|生粋の旗振り役ですね(笑

新田|そうです、そうです、私は旗ふり役。大事なところは決めますけど、あとはみんながやってくれます。イベント当日なんて、私自身はほんと何も出来ることなくて(笑

松本|でも自分で楽しいことを考えるのが苦手な人には、嬉しいと思いますよ。新田さんについていけば、勝手に楽しい事を考えてくれるんだから。

新田|そうなんですかねー。でもうまいことできてますよね。私ができないことを皆がやってくれて、組織が成り立っていて。ホントありがたいです。

私ね、最初は「ママサークル」って何なのか、なにもわからないまま始めたんですよ。いざ、やってみて「あぁ、他はそうしてるんだ」と、後から気づいたこともたくさんある。でもそれがよかったな、と。型にはまらなくてよかったから。枠にハメちゃうともっと小さくなったはずだし、いろんな出逢いも生まれなかった。

さっきのご質問「今後どうしていきたいか?」ってところで言うと、枠にはまらないからこそできたこの面白い土台を、7年かけてしっかりできた土台を、全国に広めたいんです。

夢はマミー・クリスタルのフランチャイズ化

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松本|いまね「土台」っておっしゃったんですが、具体的にはどんな風に、組織が固まってきたイメージですか?

新田|以前は特に「お金」の面がふわふわとしてたんですが、その部分がしっかりしてきた、という意味です。以前はどっちかって言うと「払う側」の目線だけで料金の設定をしてたんですね。
「これくらいなら払えるかな」と。その結果、教える側や運営側がしんどい思いをしてたところがあったんです。でも今回、代表をバトンタッチするタイミングで、価格設定を大きく見直しできたんですね。単に価格を上げるのではなくて、教えてもらう側にも、教える側にも、双方に負担の無い仕組みにしたんです。でもガラッとやり方を変えたら、すごく楽になって。「三方良し」の体制が初めてできたんですよ。その結果、会員さんもすごく人数が増えたんですよね、今で700人ぐらいいるんじゃないかな。そのうちの3分の1位が教えたい人です。

松本|そうなると、さっきおっしゃってた「自分が稼がないと家計が回らない人、それくらい稼がないといけない人」には、マミー・クリスタルは仕事として向いてないって話…、そうでもなくなってきましたよね?

新田|そうなんですよ!!マミー・クリスタルがお仕事になってきたんですよ、マミー・クリスタルのティーチングマミーが、ちゃんと収入を得られるようになってきたんです。もうひとつすごいのは、ラーニングマミーとして参加した大体の生徒さんが、リピートしてるんですよね。

松本|すごいですね。指導者の質がいいんですね。

新田|ラーニングマミーは、事前に審査もしていて。質にもちゃんとこだわっているからだと思っています。

松本|新田さんは今までのやり方を変えてますよね。概念を変えるというか。
ママサークル=ビジネスになりにくい、という図式を変えている

新田|昔から苦手なんですよ、人と同じ事をするのが。違うことがしたいって思うのは、昔からですね。真似が嫌い。

松本|このやり方がもっと広まっていくと、面白いですね。

新田|はい、いつか全国に広げたいと思っています。
私ね、旅行した時にいつも思うんです。ローソンとかセブンイレブンとか、全国にあるチェーン店の存在ってすごいな、と。もちろん地元のスーパーなどで買い物するのも面白いんですけど、チェーン店にいけば全国どこにいっても、大体同じレイアウトで、どこにどんな商品がある、ということがわかるじゃないですか。それってすごい安心感でもある。
マミー・クリスタルも、そんな風に全国各地にあるといいな、って思うんです。ママたちってご主人の転勤などで、知らない土地に行かざるを得ないケースがおおいでしょう?初めての土地でも、前から知ってたマミー・クリスタルがあれば、引っ越し前と同じように働ける。それってきっとすごい安心感になるんじゃないかと。だからこそ、「あ。これはマミクリ、フランチャイズやな!」と(笑。

松本|なるほど。マミー・クリスタルを土地ごとにつくるんですね。

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新田|最初はね、摂津まるごとマーケットのようなイベントを、全国に広めようかと考えた事もあったんです。でもイベントが成功したのは、ママのコミュニティがベースにあったから、なんですよね。1年目から3,000人の集客があったのも、企業様が協賛してくれたのも、マミー・クリスタルのコミュニティがあったから。まるごとマーケットそのものより、ママのコミュニティをひろげることが大事なんじゃないかと。今後は全国各地で、コミュニティの「旗振り役」となる人を見つけていきたい。
仕組み自体は私たちが7年かけて作ってきたものがあるので、その仕組みを元にどんどん端振ってもらえたらいいな、って。

松本|うん、うん、それができたら御社のビジネスモデルも変わってきますもんね。
どんなママでも参加出来る環境、「三方良し」の環境が全国に広がる…。うーん、考えただけでもワクワクしますね。

ーーー

編集後記

わたくし・松本みたいな一主婦が、会社経営なんてものに挑めているのは、「環境」に恵まれているからこそだ、と常日頃から思っていました。お姑さんと同居していて、旦那も子育てに協力的で。そんな家庭環境があるからこそ、いまの働き方が出来ている、と。

今回の取材中、「環境」の重要さを説いてくれた新田さん。とても共感する一方で、まだ心のどこかで残っていた疑問。それが地域起こしという偉業に挑む、彼女の「モチベーションがどこにあるか」でした。その答えは「大のドラクエファン」という一見、意外な答え。でも私にとっては非常に、納得度の高い答えでもありました。

やっぱり好きこそものの上手なれ、です。楽しんでいる人の周りには、自然に人が集まるのです。新田さん同様に、私もいまやりたいことがてんこ盛り。でもこれまた新田さん同様、私ひとりの力ではどうにも実現出来ない事ばかり。

だったら出来る人に任せよう。出来る人が集いたくなる組織にしよう。

旗ふり役・最大のミッションは「楽しむこと」だと教えてくれた、まさに新田さんらしさ溢れる楽しいインタビューでした。

新田昌恵

京都外国語大学中退。2010年12月、家族と摂津へ移住。摂津在住のママ専用のコミュニティを、mixi内でスタートさせたことをキッカケに、ママサークル「マミー・クリスタル」を立ち上げる。サークル立ち上げ1年程でメンバーは約150名超え。現在、登録会員数600名、LINE@会員270名を誇る。
2016年8月、摂津を活動拠点としたNPO法人「摂津まるごとプロジェクト」を創設。地域コミュニティの力を活かし、市民や地域の事業者や団体、起業を考えている人々に「学ぶ」「活躍する」「発信する」「繋がる」といった機会を提供している。2017年秋に開催された第5回「摂津まるごとマーケット」には、約5000人もの参加者が。さらに摂津へ特化した独自のWEBメディア「摂津まるごとナビWEB」も開設。将来の全国展開を見据えて、現在勢力的に活動中。

インタビュー動画公開中

今回から動画での配信も始めました。インタビューの雰囲気、インタビューを受けてくださった新田さんのリアルな声をどうぞお聞き下さい





















【ルーツVol.8】職業:経営者 /石原由美子

「チアで関西を元気に」という理念のもと、現在創業12年めを迎えた「チアリーダーズクラブJUMPS」。 チアダンススクールの運営だけに留まらず、講師派遣、各種イベント出演など、関西各地で精力的に活動を続けるいわば関西の応援団です。マスコミからも注目を集めるこの組織の代表・石原由美子さんに、今回はお話を伺いました。

「企業のチアリーダー」として働けることが
楽しかったリクルート時代

ーJUMPSを始める前、リクルートグループにて様々な企業を応援していたそうです。

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・松本
JUMPSはいま創業してから12年?でしたよね。

・石原
そうです。創業というか、なんというか・・・12年前に設立したとはいえ、いわばサークルみたいな感じだったんですよね。今思えばね。
まだ若かったし、20代のただ元気な女の子が、「やりたい!」「関西元気にするねん!チアで!」みたいな。ちょっとねー、頭がおかしかった・・・ですよね・・・。

・二人
(笑い)

・石原
まさか仕事にしようって思うなんて・・・。
自分でもまあ、ようこんな無謀なこと考えたな、って思いますね。
今になって、思います(笑。

・松本
立ち上げたのは29歳の時でしょ?
まだリクルートのHR事業部で営業マンとして活躍していた時?

・石原
そうなんです。2足のわらじで・・・

ゼクシィの営業を3年やって、HR事業の営業して3年。
結局リクルート系には6年居たんですけど、HRの2年目の時にJUMPSを始めました。

・松本
きっかけは?なにかあったのかな?

・石原
チアが大好き、ってそれだけです。
もちろん、今でもその気持ちは1ミリも変わらず、大好きなんですけど。
チアが持ってる自分の元気さで、色んな人を元気づけていく、
いわゆる「チアスピリット」って私は呼んでるんですけど、
そのスタンスが素晴らしいなと思っていて。
自分の中では大事に持ちづつけている精神性だったんですけど、
それがまさか仕事にするなんて、夢にも思わず…。

リクルートグループにご縁があって、お仕事させてもらっている時に、
中小企業の社長さんだったり、人事の部長さんだったり、いろんな方にかわいがっていただく中で、「石原さんと居たら元気出るわ。」とか、「何か勇気づけられるねん。」とか、
「元気なかったけど、もうちょっと頑張ってみようかなと思う。」とか、
そういう言葉をたくさん頂いたんですよね。

・松本
あーでもわかるー。
石原ちゃんとおったら元気になるってすごくわかるな。

・石原
ホントありがたいですよね。でもそれは、自分が大学時代に教えてもらった「チアスピリット」っていう精神を自分の中で軸として大事に持ち続けていたからこそ、成せた技だな、って思っていて。

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学生時代はただただチアが楽しいし、「チアスピリット」も
自分の中だけに持っていればいいモノで、それだけで充分だったんです。
でもいろんなお客様から「あなたといたら元気が出るよ」って言われたり、
また営業としても売上という結果を残せたり、
なにより、自分自身が営業という仕事をすごく楽しみながら取り組めている中で、
「チアスピリット」って、もっと社会に出していいモノじゃないかって、
思うようになってきたんですよね。

世に出す価値のあるモノなんじゃないかな、
みなさんに喜んでいただけるものなのではないかな、って。
まあ若い女の子でしたしね。元気だったし。
「みんな一緒になってやって行こうよ!」みたいなノリが大きかった気がしますが。

・松本
一緒にやることが楽しかった?

・石原
そうですね。私ね、「会社のチアリーダー」っていう気持ちで仕事してたんです。
企業様を応援するぞ、企業のチアリーダーだぞ、って気持ち。
その会社を応援するって思うからこそ、感情移入ができるし、
いい提案も出来ると思っていました。

・松本
うん、うん。

・石原
どんどん感情が入っていくと、もっと知りたい、とか、
この会社にはどういう提案をしたらもっと喜んでいただけるか、とか、
すごく考えるようになる。うん、いつもそんなことを考えてる営業マンだったんですよね。

・松本
大好きな人を応援したい、それって営業の基本かもしれないね。

 

「おとなしく、自己表現できない子」だった。

ーそんな自分を変えてくれたチアリーディング。
チアリーディングを初めてみたのは大学一年生の時。
第一印象は「憧れ」よりもむしろ、「衝撃」に近かったのだそうです。

・松本
人を応援したい、っていうのは、
チアと知りあってから変わったのか、
それとも昔からクラスのムードメーカー的な子だったのか。
自分では客観視してどう思います?

・石原
もともとは割と…。
大人しかったんですよ、わたし。子供の頃は

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・松本
!!!!!!

・石原
そない驚きます?(笑)

・松本
あ、ごめん。失礼よね(笑

・石原
笑)どんなつらいことがあったのかって?

・松本
いやむしろ、いまに至るまでに、どんな楽しい事があったのかと。
チアで「これは面白い!!!」とハマって、そこから大きく変わったのかな・・?

・石原
笑)えーっとですね、もともとはうまく自分を表現できなかった子だったんですよね。ものすごいもやもやしていて。
なので勉強を一生懸命することによって、自分を表現しようとしていた気がします。勉強を一生懸命にしたら、結果も出て、ある程度前にも出られるようになった。ただ、出ていけるようになったのはいいんですけど、
なんとなく、やっぱり「自己表現」の仕方が、まだしっくりきてなくて。
高校に入ってから、お笑い系になったんですよ。

・松本
急に??

・石原
そう、急に。何でかは分かんないんですけど(笑。
もともと、人を喜ばせることは好きだな、って気付いてきてたので、
面白いこと言ったり、やったりして。でもやっぱりそれもあんまりしっくりこなくて。何でしょうね、自分を犠牲にして取る笑いだったからかな。
あんまり自分がハッピーじゃないな、って。それよりも、自分が幸せになって、
ハッピーな自分を見てもらって相手をハッピーにできるようなことで、
自己表現をしていきたくなった。
そんな時に辿り着いたのが、たまたまチアだったんでしょうね。

・松本
チアリーディングとはいつ出会ったの?

・石原
大学に入学してスグですね。
大学のクラブ紹介の時に知りました。
いやー…、すごくショッキングでしたね。
満面の笑み、キビキビとした動き、英語の大きな掛け声、
しかも飛んだり跳ねたり、回ったり…。
いやもうね、「なんなんだ、この人たちは…」と(笑。

・松本
ある種のカルチャーショックよね(笑

・石原
はい。自分の中に「無かったもの」すぎて、ショックでした。
でも求めていたというか、探していたものだったんでしょうね、
気になりすぎてその日のうちに入部していました。
なんというか、人生で一番衝撃を受けた日だったと思います。
それまでいわゆる「古風」な教育しか、親からは受けてこなかったので。

・松本
そっかー。でもいま「古風」っていうワードが出たんだけど、
ご両親はいわゆるしつけやマナーに厳しいお方だったのかしら?

・石原
笑)うーん、そうですね。厳しい…というか、強烈というか(笑
両親はふたりとも商売人の家系でね。
父が船場の繊維問屋の息子、母は布団の小売業を営む家庭で育ったんです。
当時はまだ小売から繊維問屋に嫁ぐ、ということに
ステータスを感じられる時代だったんですね。しかも父は長男で。
母は私たちを「自分がしっかり育てなければ!」という意識が強かったみたいで、
とても厳しく“きっちり”と育てられたんです。(笑

いま私が経営者として、母と同じ立場になってみると
いつでも一本筋が通っている母のすごさや、かっこよさは
とてもよくわかるんですが、
子どもの頃はただ圧倒される部分が大きくて。
大人になってわかる母のすごさ、というか、ね。

親子関係、母子関係でいうと、幼少期は少しキツイ時代がありました。
自由、ではなかったですね。

・松本
それがチアで変わった、と。自由になった?

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・石原
そうですね。そもそも、大きな声を出して、体を動かす、ということ自体が
とても健全だなと、身をもって体感したんですよね。
何かね、精神と肉体のバランスが取れたんですよ。初めて。

・松本
それまで体調があまりよくない時もあった?

・石原
うーん、健康だったんですけど、幸せじゃなかった、というか、
体があまり居心地がよくないというか・・・。

・松本
それまで運動経験は?

・石原
これがまた運動はまったくしたことがなかったんです。
バスケ部のマネージャーくらい(笑
でも自分を表現して、誰かを応援する、ということは、
こんなにも自分自信を幸せにしてくれるんだと、
身を持って知る事ができたのはチアのおかげですね。

全否定された気がした、社会人1年目。
自信喪失後、出会った仲間、お客様の存在。

ー新しい自分とも出会えた順風満帆な学生時代。
4年の時を経て迎えた社会人1年目、しかし待っていたのは、
いままでに感じたことのない大きな挫折でした。

・松本
新卒ではどんな会社に?

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・石原
就職したのは誰もがその名を知る大手企業でした。配属されたのは東京本社で、しかも社内でも花形とされていたマーケティング部だったんです。でも2年で退職しました。

・松本
新卒で入った会社では、学生時代のようにうまく自分が表現出来なかった?

・石原
表現もなにも…。あまりに仕事が出来なさすぎて、パニック状態に陥ったんです。周囲からも「あいつはなにもできない」のレッテルが早々に貼られて(笑
いま思えば当然なんですけどね。
きっとわたし、窓際族の最速記録だったと思います(笑
傷ついて、自信を無くしてた2年目の冬。
実家に帰省した時、当時の求人誌「 B-ing」をみたんです。
そしたらそこに、リクルートが自社の求人広告で営業職を募集していた。
その広告を見たときに「ああ、故郷の関西に戻ってきたい。この街でもっかいやりなおしたい」な、と思って。それから程なくして転職、それが24歳の時のことですね。

・松本
リクルートで無事、パニックは治った?

・石原
はい。リクルートの仲間には本当に助けられました。

いまでも忘れられないのが、
リクルートに初出社した日のことです。
東京でボロボロに傷ついて自信を無くした私が、
故郷に戻って転職後、初の出社。
恐る恐る新オフィスの扉をあけたら、フロアに入った瞬間、
当時上司だった須崎さんという方が、私のところへ駆け寄ってきてくださったんです。
「おおー!石原!!待ってたよー!これからよろしくな!」って。とても力強い握手もしてくださった。
もう、その時の感動と、あったかい手の温もりは忘れられない。
「ああ、この人たちや会社に報いる仕事を本気でしたい」って、強く思ったんですよね。

それからはもう数え切れないくらい、たくさんの、素敵な仲間たちに囲まれて仕事をする日々で…。楽しかった。

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・松本
昔からリクルートには面白い人が多かったもんね(笑

・石原
いやもう本当に。すごく話がおもしろかったり、プレゼンが抜群にうまかったり。
リクルートって、すごい人がたくさんいた。でもみんな共通していたのは、あったかい人柄。そんな人たちと仕事しているのが楽しくて楽しくて、夢中で仕事した6年間でした。

・松本
リクルートに入社してから4年めに、ゼクシィからHRの事業部、
株式会社リクルートHRマーケティングに転職しているよね?
それはなにかきっかけが?

・石原
当時のゼクシィにはA職(アルバイト)で就職したんですけど、
残念ながら正社員の席が空いてなくて。
正社員への道を求めて転職したんです。

・松本
社員への憧れ、というか…執着があったのかな?

・石原
ありました。
一緒に働いていた仲間が好きだったからこそ、
この人たちと一緒にずっと頑張っていたい、って思ってたんです。

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でもある日、わたしより社歴の浅い男性スタッフが、
先にリーダーへと昇格する出来事があって。
疑問を抱いた私は即座に上司に聞いたんです。
「営業としても私の方が結果出してるのに、しかも入社も私の方が先なのに、
なぜ彼が先にリーダーになるんですか?」と。

そしたら帰ってきたのは「彼は社員だから」という答えだった。
じゃあ私も社員になりたい、どうすればなれるのか?と聞いたところ、
「そもそも当時、社員の枠は空いてない」と。
社員になれない、という現実を知り
「あ、わたし置いていかれるんだ」って。一気に寂しく思ったことを覚えています。

・松本
置いていかれる、かあ。

・石原
はい。このままじゃ置いていかれる、やばい、と。一度、恐怖を覚えたらもう止まらないですよね。自分で社員を募集している部署を探したり、上司に相談したりした結果、当時の事業部長直々の計らいもあり、当時社員を募集していたリクルートHRマーケティングに転職したんです。

・松本
アルバイトではなくて、待望の社員になれたんだ。

・石原
結局、最初はアルバイトで入っただったんですけどね。でも新しい職場では社員を募集してて、結果次第で、社員に引き上げられる可能性もあったので、転職したんです。リクルートHRマーケティングに入社してからは、もう必死のパッチで。
めっちゃ頑張って結果出しました。正社員になりたかったですからね。

・松本
でもHR事業部は、ゼクシィの営業スタイルとは違って、基本全て新規開拓でしょう?大変…だったよね?

・石原
笑)それまではやったことなかった飛び込みとか、テレクリとかもガンガンしました。でも「結果出さないと社員になれないー!!!」って思ってたからもう必死
でもね、頑張ったおかげで、1年弱で社員になれたんです。

・松本
はや!すっごいね!…でも、燃え尽き症候群にならなかった?

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・石原
それがなったんですよ、見事に(笑 「あれ?もう社員になっちゃった」って。
いや、いいんですよ、本来それで。当初の目的だったから。でも、なんだかガクッと気が抜けちゃって。HR事業部に移って2年目の時のことですね。そんな時でした、JUMPSを兼業で立ち上げたのは

・松本
ほう!思い切ったね!燃え尽き症候群からの起業かあ…。いざ起業しよう!と思えたのはお客様からの言葉?なにか印象的な出会いやエピソードでも?

・石原
実はね…わたし、そのころ大失恋してるんです、結婚の話まで出ていた相手と。
それはもう落ち込んで、落ち込んで…。でも最上級に落ち込んでた時にね、チアの後輩に言われたんです。「先輩!いつまでも落ち込んでる場合じゃないでしょ!
関西を元気にするっていう夢があるんでしょ?!」と。その言葉で我に返りました。そうか、わたし周りにもずっとそんなこと言ってたんだなと。だったらやってみよう、と。

・松本
失恋をバネにしたのかー。すごいな。

・石原
いま思えばただただ、若い女の子の「やりたい〜!」という気持ちが先行しただけに過ぎなかったな、と思いますけどね(笑。

起業、結婚、妊娠、そして
がん、離婚、講師スタッフの一斉退職

ーJUMPSを立ち上げた28歳。それから2年後の30歳で結婚。
40代に突入した彼女はいま、自身の30代を「しょっぱい10年」と振り返ります。

・松本
最初から順調だった?

・石原
いえいえ!!最初は「関西を元気にしたーい!やりたあい!」って思いだけ。到底経営と呼べるものではなかったです。でも最初はリクルートの仕事と兼業でしたし、途中からは結婚もしていましたから、経済的に自分が食べていける程度のお金は確保できていたんですよね。だから余計に「経営」ではなかったと思います。
ただ結婚生活は2年で終焉を迎えたし、その時はもうリクルートも辞めていた。
これはヤバイぞ、マジで食べていけなくなるぞ、と…。

・松本
そこから意識が変わった。

・石原
そうですね。私の30代はホントに「しょっぱい」時代だったなと。妊娠中にがんも発覚したし、産後に手術、その後娘が2歳になる前に離婚。
でもね、さらに追い討ちをかけるような出来事が、いまから4年前に起きまして。
実は、指導する講師がほぼ全員退職という
凄まじい事態に陥ったんです。

・松本
えええ…!!!それは大変だったね…。でもその経営者あるある…、めーーーーーーっちゃわかる!

・石原
わかって頂けますか(笑 でも問題は講師と私との信頼関係でしたね。

・松本
石原さんへの信頼が薄かったのかな?

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・石原
私が当時現場にいなかったことが、スタッフとの信頼を築けなかった一番の原因だったと思っています。途中で経営者である私のことも、講師であるスタッフのことも、理解してくれていた存在のスタッフが退職し、ガタガタと組織が崩壊したんです。

・松本
経営者と従業員の理解齟齬…。あるあるだね…。

・石原
でも当時、そんな大した経営もしてなかったですからね、講師が理解できなかったのも無理はないと思います。ただ、一斉に講師がいなくなった時は、本当にどうしようかと思いました。「教室の運営はどうしよう、頑張ってくれている生徒たちは、応援してくださる親御さんたちはどうしよう。」いろんな思いが頭をぐるぐると巡って。

・松本
そっかぁ…。

・石原
でもなんとか踏ん張りました。
ほかのバイトもしながら、私自身も子どもたちの指導に駆け回りました。
指導していないわずかな時間に、いいコーチや選手の存在を聞きつけては、JUMPSの仲間になってくれるよう、口説いて回った。口説いて、説得して…。そしておかげさまでひとり、ふたりと優秀な講師たちが集まってくれたんです。しかもわたしよりずっと教え方が上手で、素晴らしい指導者ばかり。だからね、この仕事だけで食べていけるようになったのなんて、経営ができるようになったのなんて、ホントに最近のことなんですよ。

・松本
いやすごいね…。それだけ数々の苦境を乗り越えてきたのは…。うちもいろいろあったけど、そこまで大量人数の退職は経験ないから、頭が下がる思いだわ…。

・石原
すべては自分の未熟さが原因です。当時の講師たちにも申し訳ないことをしたと思います。それだけに、いま集まってくれた講師たちにはいくら感謝しても足りません。

 

チアリーディング最大の魅力は
表面的な華やかさではなく、
その根底にある「精神性」

ー見た目の華やかさに注目が集まりがちなチアリーディング。
しかし、自分にとって一番の魅力はそこではないと、最後に石原さんは話してくれました。

・松本
これまでの12年、いろんなことがあったけど、実はぶれてないよね、「関西をチアで元気にしたい」というこの一点は。だけど12年前の組織と、いまの組織では全然違う。もしかすると石原ちゃん自身が、チアの精神を実現できてきたから
つまり、講師さんや生徒さんを応援する側にしっかりとまわれたから、じゃないかなと。だからいま、講師さんたちも頑張ってくれてるんじゃないかと。どう思う?

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・石原
どうなんでしょう…。講師たちがそう思ってくれているかはどうかは、まだ確信がもてないですけど…。ただひとつ言えるのは、いまはこのJUMPSの場所が、生徒や講師や保護者や、みんなが輝ける場所であればいいなとは思っています。ホントにそれだけ。わたしは脇役でいいJUMPSという舞台で、みんなが大切な誰かを応援することでイキイキできるなら、本当に嬉しいんです。

チアの精神性「誰かを応援する」という教え・スタンスってとても素晴らしいと思っていて。もちろん、衣装やヘアメイクなどの華やかさも、勝ち負けを左右するテクニックも、チアを構成するひとつの要素ではあります。ただ、そこに偏りすぎると本来、チアが教えてくれる大切な精神を見失ってしまう気がするんです。

・松本
視野が狭くなる、という感じ?

・石原
はい。「私、綺麗でしょ?すごいでしょ?見て見て!」という、自分中心のチアになる気がする。それはそれでやってる本人は幸せだと思いますよ。でも自分主義ではなく「誰かを応援したい」という、相手を思うスタンスで取り組めたら、そこから得るものってもっともっと大きい。私が愛して止まなかった仲間や、お客様や、大切な人たちとはすべて、チアの「応援する」精神が繋いできてくれたから、そう言えるんです。だからいまでもその魅力にはまっていますし、これからもハマりつづけるんだと思います。

・松本
うん、うん。素敵だね。やっぱりこれからも私は、石原ちゃんを応援しつづけたいです。

ーーー

編集後記

先日、JUMPSのイベントを観てきました。自分でもいやいやまさか…!とは思ったのですが、ステージをみたあと感動して号泣してしまいました。松本がどこで感動したのかは、長くなるので割愛しますが、確信したのは、このステージできっとたくさんの人が勇気づけられたんだな、ということでした。

小さい子供が一生懸命踊る姿を見て、同世代の子どもたちは、羨望の眼差しを注ぎ。

もう少し大きな子供たちが難易度の高いダンスを披露する姿をみて、「次こそは自分も!」と、幼い子どもたちは成長意欲を抱き。
年配の男女がハツラツとおどる姿をみて、ご年配の観客は、老いた自分に秘められた可能性を感じ。
一生懸命衣装を作った親御さんは、我が子の成長を喜び。
きっといろんな応援の形がこの空間に成立しているんだと、感じたのです。

石原さんは、舞台に立つ人を応援しています。舞台に立った人は、観に来た人を応援します。そして観に来た人は、この場には来れなかった自分の大切な人を、また新たに出会う人をきっと応援するでしょう。
まるで一粒のしずくが水面に落ち、静かに波紋を広げていくように、12年かけてコツコツと「応援の波紋」を広げてきた石原さん。どうにも彼女に、尊敬の念を抱かずにはいられないインタビュー。私もいま目の前の人を幸せにしたい、そうおもわせてくれた1時間でした。

石原由美子

神戸女学院大学人間科卒。新卒入社した会社を2年で退職後、株式会社リクルートに中途入社。結婚情報誌ゼクシィの営業を経て、リクルートHRマーケティングにて、求人広告営業を経験。同部署に勤務しながら兼業でJUMPSを立ち上げる。2013年に法人化。現在は関西圏に5個所のスクールを運営。全12人のコーチ陣とともに、4歳から15歳までの子どもたちへ、チアスピリットを重んじた指導を行なっている。さらにはシニアや障がい者などへのチア普及活動も。テレビや雑誌などのマスコミ各社からも注目を集め続ける。

【ルーツVol.7】職業:灯台もと暮らし編集長 /ライター/フォトグラファー 伊佐知美

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既にWEB上でもリアルな場でも、根強いファンを数多く抱えていらっしゃるメディア「灯台もと暮らし」。「これからの暮らしを考えるウエブメディア」というキャッチフレーズのもと、編集長をつとめる伊佐知美さんに今回はインタビューさせていただきました。伊佐さんが主宰する、編集者・ライター・メディア運営者向けのオンラインサロン「編集女子が”私らしく生きるため”のライティング作戦会議」に参加させていただいてるわたくしは、伊佐さんにお会いして以来ずっとお聞きしたいことが山盛り。たくさんの質問を胸に秘めつつ、ひとりのライターとして、またひとりの経営者として、いろんなお話を伺いました。




「女性の働く地位向上を!」なんて大それたこと、
まったく考えていない

・松本
いつもオンラインサロンや、Facebookグループで投稿を拝見しているのですが、なんというか…海外を股にかけてカッコ良くお仕事されているのに、 “いい面”ばかりではなく、迷ったり、模索したりする様もそのままオープンにしてらっしゃるところが面白いなと感じていました。
ライターや編集者を目指す人にとってはもちろん、現役バリバリの人たちにもきっと「あぁ、リアルな話でいいなあ」と。

・伊佐
ありがとうございます(笑

・松本
単にライターやリモートワークへの憧れをあおるような情報発信の仕方じゃなくて、とても地に足が付いた感が個人的には大好きです。
ひとつお聞きしたかったのが、サロンの投稿でちょこちょこ見せてくださる伊佐さんなりの「迷い」について。いままさに、何か迷ってること、ってありますか?

・伊佐
そうですね。やりたいことはいっぱいあるんですけど…。
そもそも「どう生きていこうか」みたいなのに迷ってますね。
テーマがおっきすぎて、悩むとこじゃないのかなあ、とも最近思うんですけど(笑。
どう生きていこうか…。うーん、いや違うな、どう生きていこうというより、「どこで」生きていこう?ですかね。

・松本
場所ですか?それはけっこう、意外でした。これからも場所は決めないで行くのかな、なんて勝手に思ってましたが、そうではないんですね?

・伊佐
みんなやっぱりそう思うんですね(笑。
確かに旅は好きなんですけど、ずっと定住しないつもりもないんです。でもずっと旅人みたいに放浪して、たぶんこの人は家庭も要らないんだろうな、って思われてるらしい…(笑

・松本
(笑)確かに海外飛び回って、お仕事されている姿をブログで頻繁にみていると、そう感じている人もいるかも。

・伊佐
もうひとつ感じるのは、「伊佐は、女性の働く地位を上げて行きたいんだろうな」と、思われているふしがあること。…全然思っちゃいないです。(笑)

・松本
(笑)リモートワーカー=女性の働きやすさ=女性の地位向上、みたいな構図ですかね?
でも元々「女性の地位向上を!!」という具合に、先頭きって旗掲げるような肩の力の入った感覚は、伊佐さんからはまったく伝わってこなかったです。だからお話聞きたくなった、というのもありますが逆に力入ってないのに、影響力あるのはすごいなーとも思います。

・伊佐
いやいやいやいや…、影響力ないですよ…。だって先日トークイベントでご一緒させていただいたはあちゅうさんだったり、イケハヤさんだったり、ものすごい影響力ある方が周りにいると自分なんてもう“小者感”がすごくて…。なので、ホントに大それたことは考えていないんです。
ただ、海外を旅しながらリモートワークしていると、その動き自体がライターとして自分の個性にも繋がりました。好きで続けていただけなんですが、結果的に私の働き方に注目頂いているのは確かですね。

 

やっぱり人と会うのは大事
リモートは手段でしかない

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・松本
個人的には「女性とは?」「男性とは?」「働き方とは?」みたいな枠を、あんまり決めすぎたり、声を大にして主張し過ぎると、絶対当てはまらない人が出てきて、苦しむ人もでるんじゃないかな、と思ってまして。
極論ですけど、長時間労働がしたい人はすりゃいいし…って、本音の部分では思ってるんです。だからリモートワークもしたい人はすればいい。

でも解決出来たらいいなあと思っているのは「したくても出来ない人」がいる状況。
自分ではリモートワークしたいって思ってるけど、うまく出来ない人が私の周りには結構いっぱいいるんです。

・伊佐
なんでですか?

・松本
能力的にとか環境的にとか、理由はいろいろです。
例えばITリテラシーが低い人なら、ネットでのコミュニケーションが苦手だったり、ITツール自体に不慣れだったり。「Gmailの転送設定ってどうするの?」とか、細かいことがひとりで解決出来ない。つまり、リモートワークでふと分からなくなっても、横に聞ける人が居ない状況では仕事が進まない。そこで「あ、私ってリモートワークに向いてなかったんだ…」とふと気づく、と。
一方で、仕事はひとりで完結出来るスキルはあるけど、子どもが家にいると仕事が進まない…、とか、会社には行きたくても子どもが待機児童だから行けない、とか。いろんな人がいる。

・伊佐
ふんふん。家族の介護をしないといけない、という方もいますよね。

・松本
そうです、そうです。そんな上手くリモート出来ない人たちに、「上手くリモートワークするコツ」を伊佐さんがアドバイスをするとしたら…。いったいどんなコツなんだろうなあ、って。

・伊佐
うーん、どうなんだろう…。私の場合、リモートっていってもかなりのリモートですもんね。参考になるかな。何万キロ離れた海外でリモート、っていう…(笑。

・松本
超リモートですもんね(笑

・伊佐
でもわたし、タイムラインは東京だったんですね。
暮らしとか、寝食とかはきちんと滞在している現地時間にあわせてたんですけど、ありとあらゆるツールを使って東京のメンバーとコミュニケーションしてたんです。Googleはもちろんのこと、Slack(スラック)、LINEFacebookメッセンジャーTwitter…。なので東京の時間軸からそんなに離れてるな、という感覚はあまりありませんでした。

東京では会社や自分たちのチームがあって、みんなが私の不在分もカバーしてくれます。東京に居なきゃできなかった仕事、例えば打ち合わせにいく、などというフローは伊佐の代理で誰かが出席してくれるんですね。だから私も自分の仕事に専念できた、と。

あとは、編集者としての仕事も他のスタッフに助けてもらったり。海外ではセキュリティの問題で、渡航した最初の3か月だけはWordPressに入れなかった時期が一定期間あったんです。管理画面にログインできなくて。そんな時はライターが上げて来てくれた文章を、一番信頼している編集者に代理入力をお願いするなどしていました。
つまり、お互いの業務をカバーしあえる体制がある、ということもリモートワークが上手くいくポイントかもしれませんね

結局、100%遠隔、ずっとリモートワーク、では多分仕事って出来ないんだろうなあ、と
人と会うのはやっぱり大事で。リモートはあくまで手段でしか無いんだろうなあ、と思っています。

 

人生は制約がある方が
幸せかもしれない

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・松本
おっしゃる通り、「リモートワーク」は手段であり、ひとつの選択肢ですよね。別に、リモートワークじゃなくて働けるなら、会社にいけばいいんだし…。

・伊佐
そう。いや、会社があるってホントにすごくイイことですよ。
場所があるってほんとにイイ。

・松本
伊佐さんは、海外に行ってそう感じるようになったんですか?

・伊佐
そうですね。それはあります。帰国した今も思うかな…。

・松本
どんなところがイイと?

・伊佐
会社があることで、いいこと? …大丈夫かな?こんな話して(笑。

・松本
ダメならカットします。(笑)

・伊佐
人生は、制約がある方が幸せだ、ってことです。

・松本
うーーん!深い!でも分かる!!

・伊佐
深すぎて…ちょっと重たい話かもですけど。
「100パーセント自由」なんてね、結局不幸なんじゃないかな、と。
不幸とまではいわなくても、自由=選択肢が多い、ということでしょう?自分の責任が100パーセントの中で、たくさんの選択肢からいろんな判断をしていかないといけない。
でも何が起こっても「自分が選んだから」と、そこに答えは落ち着く。
すごく当たり前なんだけど、すごく厳しい世界でもある。
いま、大手企業に勤めてた時との一番大きな差を感じるのは、「昔は上司の愚痴言えた」っていうことですね。「あの人が…」とか、「このルールが…」とか、責任の所在を自分以外のところに探せる。
もちろん、フリーで仕事するのは楽しいんですよ、めっちゃ楽しい。だけど、自分の置かれている環境が、何ともいえないほど一気に広くなった、そんな感覚はあります。

・松本
全てが自己責任になりますもんね。

・伊佐
うんうん。会社に通うとか、自分の行く場所があるとか…。居場所があるってやっぱりすごくありがたいことなんだなって思います。

 

雑談こそ大事。

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・松本
仲間に会える場所って大事ですよね。他愛もない雑談したりするのも結構大事。

・伊佐
そう。雑談から生まれるモノとか、吐き出せることとか、意外と多いんです。
雑談ってすごく大事。むしろ一番いい企画とかは、雑談からですね。

・松本
今、会社のメンバーで一番雑談するのって、誰です?

・伊佐
うーん、どうだろう。代表の鳥井とはよく話すかなぁ。メンバーとは1週間に1回とか定期的にSkypeとかで話す機会を設けていたんだけど。編集会議とか。鳥井とは電話でも1対1でたまに話していたりしたかな。特に彼とは、日常的にslackで雑談しますね。
slackって最近は使っている方も多いと思うんですが、”LINEのみんな版”みたいな感じです。slackで連絡をとらないのは、この3年で数日あったかな?くらいで。

・松本
そういえば鳥井さんって、伊佐さんにとってはどういうポジションなんですか?
傍から見てるとなんだかユニットっぽく見えるんですが…。違うのかな?
例えて言うなら、ドリカム、みたいな…。

(両笑)

・伊佐
ドリカム?(笑)私が密かに好きなのを知って言った?(笑)鳥井とペア?というのはたしかにたまに言われます。

どうなんでしょう。でも、たしかに鳥井の会社で働けているのは、リモートワークする上で大きかったと思いますよ。

 

前に進み続けるメンバーとの
科学反応が楽しくてたまらない

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・松本
鳥井さんと一緒にやろう、って思った決め手って何かあったんですか?

・伊佐
私がいま所属している株式会社waseiは、鳥井のほかにも創業メンバーがふたりいるんですよ。
私と、立花っていう女性編集者と、小松崎っていう男性カメラマン。
この4人が元々同じ編集部に居て、その人たちの創るモノとか、肌感とかがすごく、お互いに好きだったんですね。このメンバーで何かモノ創りしたい、一緒にしたいっていう流れで今のカタチがあります。私の人生で一番最初の編集者が立花なんですけど、鳥井は当時のチームで編集長だったんです。
色んな編集長とお仕事させていただきましたけど、この人の創るモノって誠実だな、信頼できるな、と。なにより私の能力を一番信じてくれたのが鳥井だったんです。

・松本
いま「灯台もと暮らし」筆頭に、いろんなメディアを運営されていますよね?このチームで動くモチベーションって「楽しい」という感覚に尽きますか?
なんというか…、今この4人をメンバーとして選んでモノづくりをしてる、伊佐さんの真の“ツボ”ってなんだんだろうなーと。鳥井さんの「誠実」さ、みたいなキーワードも出てましたが、他メンバーの誠実さにも惹かれて動いてます?

・伊佐
このチームで動くモチベーション、かあ…。「旅」はまた別軸です?

・松本
あ、そうですね。もちろん、このチームだからこそ「旅」というモチベーションも満たされているのだと思うのですが、それとは別に、なにか伊佐さんの中で軸になっている要素ってありますか?という質問です。

・伊佐
うんうん。
要は、なぜこの4人でチーム組んでるのかみたいな話…?

・松本
はい。さっきの、「居場所」があることへの価値も確かに感じてらっしゃると思うんですが、極論、場所は他にも作れるじゃないですか。
でも今「このメンバー」で、もの創りをする意味というか、このチームでいるメリットとか、魅力みたいなものが何かあるのかなあ、と。

・伊佐
なんかあるんですかね?(笑
きちんと言語化したことは無い気がするなあ…。
なんだろう。でも楽しい。

・松本
意識したことはないですか?

・伊佐
そうですね。あー、でも面白いと思うのは、みんなが変わってきているから、かなあ。
今ね、出逢ってから3〜4年経ったんです。
全員年が違うんですけど、それぞれにやりたいことがみんな変わってきてて。
「暮らしながら働けてる」と言う感じ。伝わりますかね…。
お互いの変化を楽しみながら、また化学変化が起こってるという感じで、そこが面白いんです。

・松本
それいいですね!みんな前に進んでるってことですね。いいなあ、いいなあ。

・伊佐
うんうん。みんな前に進んでる。
でも私はけっこう欲が強い方でね。わがままというか、「これやりたい!」みたいな欲望が強いほうなんですけど、ほかのメンバーは全然そんなことなくって…(笑
私だけどっちかっていうと異質。みんなはもっと穏やかなんです。

・松本
(笑)なるほど。すると、4人でバランスがとれてるってことなんですかね?

・伊佐
そう。だけど、みんなに共通しているのが「前に進むことを特別に思ってない」ということ。普通なんですよ、彼らにとっては変化することが。

・松本
なるほど。みんなの中で当たり前のことにあえて「いざ進め!」と、旗をふらなくってもいい。それぞれのペースで着実に進んで行けばいい、と。
そういう集団なら確かに、愚痴なんて出ないんでしょうねー。
愚痴が出やすい集団って、往々にして進みきれてない組織のような…。
愚痴が出ない、だからストレス感じない、ゆえに楽しい、と。

・伊佐
うん、楽しいですよ。楽しい。ま、楽しいだけじゃ生きていけないですけどね(笑。

・松本
うん、でも大事ですよね。

 

リモートワークするのに
雇用形態はあんまり関係ない

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・松本
伊佐さんみたいに、楽しくリモートワークしたいなら
まずは「フリーランスになれ」って言いますか?

・伊佐
リモートワークがしたいなら…?
いや、いや。リモートワークは誰にでも出来ると思ってます、私。
会社とか、フリーとか、あまり関係ないと思うんです。
クリエイティブ職とかデザイナーとか、だけがリモートワークに向いてる訳ではないと思うので。

職種とか、雇用形態とかよりも、大切なのはその「頻度」かなあ。
週5日リモートワークって、結構良くないなと思ってて。
半々か、リモートワークがちょい多いくらいか。今はそんなペースなのでちょうどいいんです。

会社務めしてる時も事務仕事って結構あったんで、パソコンの前に座ってることは多かったんですよ。でもこの作業って家で出来るんじゃない?と。
確かに金融業は「持ち出し禁止」とか制限はありますけどね。
でも週1日ペースくらいでリモートワークを取り入れるなら、実は結構いろんな組織で出来るんじゃないかと思ったりしてます。プレゼン資料作るなんて、どこでも出来るし。

・松本
ちょっとリフレッシュも兼ねて、みんなリモートワークしたほうがいいよって感じですか?

・伊佐
うーん…やってみたいなら、みんなやったらいいんじゃないか、って思うんですね。
だってけっこう、楽じゃないですか? リモートワークって。
なんでみんな、週5で毎日2時間電車乗って同じ場所へ行ってるんですか?
…いや、分かりますよ、わたし会社員だったから。めっちゃ分かりますよ、同じ場所へ行く理由は。

(両笑)

・伊佐
でも単純にそう思います。だって私、いまここに居てもいいし、バルセロナに居てもいいし、オーストラリアに居てもいいし。どこに居てもいいけど、たまたま今ここに居ます、と。そういう選択肢ができる人生って、けっこう楽じゃないですか?それくらいフランクに考えています。

・松本
そうですね。でも、会社に来てもいいし来なくていい、っていうように、働く場所は働く人が選べるっていう状況は、会社がスタンダードにしてあげないとなかなか実現できないですね。

・伊佐
そうですね。だから規模が大きい会社だと難しいのかもしれない。
社員のこと信頼しないといけないから…。

・松本
あ、そうですね。以前鳥井さんもTwitterで書いてましたね。
「スタッフを信用しないなら、リモートワークを取り入れるべきじゃない」みたいなつぶやきでした。あー、伊佐さんとの信頼関係があるんだろうなあと。

・伊佐
あれはねー、プレッシャーですよ。あれは。ああいうのは(笑。

・松本
(爆笑)
なるほどなあ。従業員からしたら、そっかー、そうかもですね、確かに。

いまずっとお話を伺ってるとね、伊佐さんの中でリモートワークって全然特別なことじゃなくて、すごく自然なことなんだなー、と。それはすごく伝わってきました。

ただ、「リモートワーク」っていう旬のワードゆえに、先のお話みたいに「女性の地位向上」的思想と混同して聞いてしまう人もいる。一方で「海外」とか「ノマドワーク」とか、ちょっとこう華やかなイメージだけを切り取って解釈してしまう人もいる。
なんというか、少数派のスタンスって正しく伝わりづらいんだなーと思いました。
会社勤めだけが正解じゃないし、フリーランスが絶対ってわけでもない。
うまく言えないんですが、個人が自由に生きていける術を、会社はいくつも用意してあげられるといいですね。

・伊佐
そうですね。ただ個人的に今は、だいぶ自由に働き過ぎて不安になって来たんですけど(笑。

・松本
(笑)年齢的にもそうなのかもしれないですね。30代って、いろいろ考える年頃ですもん…。

 

好きなことを、徐々に
リモートワークしていけるといい

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・伊佐
松本さんはリモートワークを推奨していきたいんですよね?

・松本
確かに「リモートワーク推進」って言うと、一般的にわかりやすいんですけど、実はリモートワークにこだわっているわけでもなくて。いわば属人的に働ける会社でいたいなあ、と思っているんです。つまり、働く場所は働く人が選べるといいな、と。その代わりクラウドとか、使える仕組みはフル活用して、徹底的に情報共有する、と。
でも正直、リモートの仕組みだけじゃダメだなあ、場所がいるなあって最近思っていて。そこはホントに、さっき伊佐さんがおっしゃった通りです。

・伊佐
場所、いりますよねー。いやあでも、基本はリモートワーク、いいですよ。
その選択肢が出来るっていう人生はいいと思う。
やってみて、一回やってみて、合わなかったらまた辞めればいいし。
リモートワークってすごく効率的だし、逆に何でやらないの、とも思うくらい。
でも大前提として「好きな仕事」でないと、リモートワーカーとして生きていくのは、難しいかもしれないですね。

・松本
なんでそう思いますか?

・伊佐
私はもう好きなことが仕事になってから…、いや、身の回り100%になってから、もうずいぶん久しいのでまったく違和感ないんですが、「9時―5時で終る仕事」ではないんですよね。
例えば9時から12時はお茶飲んでて、12時から始業とかもあるし、海外では、日中日が沈むまで遊んで、夜仕事するとか。自己裁量なので。でもそれでも自分でイイものを創りたいと思ってやるから、「好き」なことに時間をつぎ込むんです。

・松本
なるほど。仕事も人生も一緒で「好き」に囲まれたい、と。
好きなライティングであり、編集であり、旅であり…。チョイスしていった結果、リモートワークになっていったっていう。至ってそれは自然な流れなんですね。

・伊佐
そうですね、私にとってはすごい自然な流れです。いきなり、週5日オフィス勤務の会社員から今の働き方になった訳じゃなくて。ステップを踏んで今があるんです。
よく移住の話をするときも言うんですけど、いきなり田舎にポンっ!と行くよりも、二段階移住、とかのほうがいい。

・松本
二段階移住?ほうほう。

・伊佐
田舎暮らしがしたい人がいるとしてね。正直、知らない町にいきなり行くのって誰でも怖いじゃないですか。
例えば、その人が福岡が好きだとするでしょう?その時はまず福岡市内で、ある程度都会に近い生活スタイルができる場所に一回移住をする。そして普通に就職をして、週末とかにいろんな場所に遊びに行くんです。海とか山とか。そんな生活に慣れてからようやく本格的に動く。例えば糸島の端にあるちっちゃい村に移住する、とか。
いきなりよりもすごくスムーズに暮らせます。友達も出来るしね。

それと同じで、ライフスタイルや仕事の仕方をいきなり変えるって、どんなに望んだ環境でもストレスは絶対にあると思うんです。
私も週1回リモートワーク、とかから始めました。出張先で色々やって、「あー、仕事って場所変わってもできるじゃん」っていう成功体験から、週2回リモートワークになって、それが週5日になって、次は海外になって…、という感じなので。
徐々に、がいいと思いますよ。

・松本
なるほど。無理をしないって大切ですね

 

リモートワーカーになりたいのか、
ライターになりたいのか

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・松本
好きなことでリモートワークを、というお話が出たので質問なのですが、「ライターになりたい!」っていう人って、たくさんいると思うんですね。でもよくよく聞くと、それ、ライターになりたいんじゃ無くて、リモートワーカーになりたいんだよね、というケースも少なくない。
あ、これは決して責めている訳じゃなくて、「リモートワークしたい」っていうのに気付いてないだけなんだなあ…と。

・伊佐
多分、リモートワークをしたいっていう願望に対して「ライター」という職業が目に付きやすい時代なんだな、とは思います。
いきなりエンジニア、デザイナー、よりも、日本語が書けるならライターです、って言いやすい。

・松本
そうですね。でも書くことが好きで、ライターになりたい、っていう人なら絶対耐えられるんだと思うんですが、そうではなくて「リモートワーク」をしたい人には、辛すぎるストレスがライター業には多々ある。例えば編集者やディレクターからの猛烈な赤入れ(訂正)とか。
伊佐さんだったらリモートワーク思考の人に、ライター業は薦めます?
それとも「頑張るとイイ人生が待ってるよ」って励まします?どっちでしょう。

・伊佐
…本音でいいですか?いや…ライターになる気がないんだったら無理ですよ、この仕事。いくらリモートワークしたくても「やめたほうがいい」ってシンプルに言います。

・松本
やっぱりそうですよね。はい、愚問でした(笑

・伊佐
(笑)ライターって、日本国中みんなが「書けちゃう」からこそ難しいんだと思います。
でもライターの教育コストって実はホントにすごくかかる…。コストもパワーもすごくかかる上に、ライターが吸収する気持ちとか、前向きさとか、貪欲さを持ってくれてないと、何をやっても、響かない…。

・松本
いやもう、ほんとそうですね。

・伊佐
もっといえば今の時代、ニーズが高いWEBライターを未経験ではじめて、それ一本で生きていくとしたなら、さらに厳しいかも…。紙とか書籍でのライティングの経験がある・無しは、意外と大きいと思います。うん、ほんとに難しいと思う…。

 

素直な人はスキルも収入も
きっとあげられる

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・松本
やっぱり未経験からライターとして食べていくのって、当たり前ですけど難しいですよね…。例えば、伊佐さんの周囲で未経験から始めて、着実に単価をあげていっているライターさんとかいらっしゃいます?

・伊佐
いますよ。確かに未経験から始めると難しいですけど、1本5千円とか、1万円で稼ぐライターにはなれるんじゃないかな、と思います。結構、私の周りにも多いんですよ。未経験から始めて、いまは1本1万円くらいの仕事してます、みたいな人。

・松本
へえー。そのライターさんたちに何か共通する要素ってあります?
ライターとして成長出来る要素、にもなるのかなと。

・伊佐
うーん、プライドが無い人? いい意味でね

・松本
学ぼうと出来る人、ということですか?。

・伊佐
そうそう。一生懸命書いたコピーに赤字入れられて、素直に「わーい、良くしてくれてありがとう!」って思える人。

・松本
大事!大事!(笑)

・伊佐
「わーすごい、この人の記事、いい!」みたいに人の記事を参考に出来る人は強い。
そうじゃなくて、上がってきたコピーに赤入れしたら「わたし、結構頑張ったんですけど…」みたいな人は、「じゃあ、違う所で頑張ってくださーい。」ってなる。

・松本
(笑)そうですね。でも東京と大阪って、単価も違うなって思いました。スキルあげつつ、仕事取っていく場所も大事なのかな、とも。

・伊佐
それはめっちゃ聞きますよねー、やっぱり東京と地方とでは単価が違うって。
人間関係も西の方が濃かったりしますよね。
わたしね、あんまり「人脈」って言葉好きじゃないんですけど、
でも人と会うこと、会いに行く、っていうこと自体は、とても大事なことだと思うんです。
松本さんとお会い出来たのもサロンに入って下さったからだし。
会うことを大事にするって、とてもいい思う。

・松本
そうですね。
私はいまもライターですけど、本職は経営者だと思っているので、私が従業員の出逢いをどれだけつくってあげられるかに、会社の成長・存続がかかってるなーと。私が外に出て行かないと会社の世界も、従業員の世界も広がらない。伊佐さんのサロンは勉強させていただくっていうのもありますけど、私には世界を広げる場所というか。おかげさまでいまお仕事に繋がるご縁も生まれたので。サロンという貴重な場所を作ってくださって、ほんとに感謝してます。

・伊佐
いえいえ!でもリモートワークって、ライターっていう職業とはホントに相性のいい働き方だと思いますよ。あっ、編集者は未経験からだとキツイと思いますけど…。編集は、もう奥が深すぎて…(笑。

・松本
ですね…。今日はありがとうございました!




編集後記

正直なことを言えば、今回のインタビューは私がインタビュアーというよりも、伊佐さんにインタビューしていただいた、そんな感じが否めません。私が考える「属人的な働き方」に対して、伊佐さんはどんなご意見なんだろう?伊佐さんはどうして場所に縛られず働いているんだろう?いろいろ、いろいろお聞きするうち、ハッと気づいたんです、「私ばっかり喋ってるやん…」と。さすがは伊佐さん、プロです、プロのライター・インタビュアーです。いやはや、人から話ひきだすの上手いです…。
なんて暢気に感想述べてる場合じゃないのは重々承知なんですが、ひとつだけ今回のインタビューを通じて感じた、伊佐さんの素敵ポイントをあげるならば。
それは「人と会うことを大事」にされているところ。バリバリのリモートワーカーなのに、日本国内には留まってないのに、人と会うのはとても大事だと言ってくれたこと。
やっぱりこの人、素敵だー!インタビューは完敗でしたけど、また語り合いたい女性のおひとりなのでした。

伊佐知美

灯台もと暮らし編集長 /ライター/フォトグラファー
1986年新潟県生まれ。横浜市立大学卒。三井住友VISAカード、講談社勤務を経てWaseiに入社。どうしても書き仕事がしたくて、1本500円の兼業ライターからキャリアを開始。2016年は世界一周しながらのリモートワークに挑戦。これまでに国内47都道府県・海外30カ国ほどを旅を重ねる。旅と文章とカメラと恋がすき。時折ポエムも執筆。

【ルーツVol.6】職業:会社経営者 東 智美

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東京・乃木坂にて株式会社トーモを経営しておられる東さん。iPhoneケースの「RAKUNI」やモバイルバッテリー「cheero」をプロデュースされるなど、ガジェット業界における、まさに新進気鋭の女性経営者です。共通の知人から紹介されたのはかれこれ6〜7年前のこと。今回改めて、膝付き合わせながらお話を伺ってみました。




流れに逆らわず、辿り着いたWEBの世界。

・松本

もともと、東さんはWEBのデザイナーだったんですよね?
学生時代からWEBの勉強をされていたんですか?

・東
そうなんです。でもね、「めっちゃWEBの仕事がやりたかった!」とかでは無いんです。
短大卒業間近に、進路を考えてたら父が「コンピューター系を学ぶなら支援する」と言ってくれて。
それがキッカケで、大阪デザイン専門学校のマルチメディア科の1期生になったんです。
当時、マルチメディアっていう言葉が生まれて、流行り始めた時だったんですよ。
Macromediaの製品とか、Adobe Directorとか、Adobe Dreamweaverとか、Adobe Fireworksとかがちょうど生まれた頃。

・松本
20年くらい前ですよね。

・東
そう、ちょうどそのくらい前。BBSとか、チャットのシステムが盛り上がり始めた頃です。
今もお付き合いある方なんですけど、ブイロジックの岡村さんが、私の通っていた大阪デザイン専門学校の臨時講師に何度か来てくださってて。「何でもいいからアルバイトしたい。」って直接お願いしてみたんです。アルバイトでは初期のHTML組んだりさせていただいてました。それがWEBの世界で働いた最初のお仕事ですね。

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・松本
東さんってWEB関係の方にとてもお顔が広いですよね?いまもおつきあいがある方々は当時からのお知り合いですか?

・東
ほとんどそうですね。岡村さんが当時、大阪の天六にあった「ディーボックス」っていう、阪急が主催するインキュベーション施設とか、いろんなところに連れて行ってくださって。
昔からITの制作分野にいらっしゃる、笠居 トシヒロ先生や、魚井先生、AUGM(※)の方々とか、すごい方々が集まっているエリアのパーティーにも参加させていただいたんです。そうこうするうちに、最初就職したWEB制作会社の社長からもかわいがってもらって、「じゃあうちで働く?」と。
けっこう流されてるんです(笑。

・松本
笑)でも流されている、というより、流れに逆らってないという印象です。

・東
そうですか?(笑。
すごくHTMLが好き、とかでは全然無かったし、むしろあまり好きじゃない方で…。
就職したWEB制作のプロダクションで最初は、デザインやディレクションをやってました。トータルで22歳から2年半くらい、その仕事をしたのかな?25歳でフリーランスになったんです。
そこから4〜5年くらい、フリーランスのWEBデザイナーとして大阪で活動してました。

・松本
東京でもフリーランスとして?

・東
はい。フリーランスとして、某制作プロダクションのお仕事をメインで受けたり、某ブライダル関連の会社で社内クリエイティブ部門の仕事を受けたり。1度社員としてもお誘いを受けて、WEB部門のマネジメントをしたり、ディレクションしたり、たまに自分でデザインなんかもしてました。
それが34歳くらいまでかな。そこから独立して株式会社トーモを創ったんです。今8期目になりますが、株式会社トーモのスタートはWEBの制作会社だったんです。
※)「Apple Users Groupe Meeting」:各地域ごとにあるAppleユーザーのグループ。定期的にそれぞれの地域で集まり情報交換など開催

マーケットが裸で見える物販の世界。
面白くって、魅力的だった。

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・松本
大阪・北浜にあるお父様の会社、ティ・アール・エイ株式会社では、モバイルバッテリーを製造・販売されていらっしゃって、東さんはその事業にも携わっていらっしゃいますよね。
やはりあのお仕事がきっかけで、物販にご興味をもたれたんですか?

・東
まさしく。
当時「cheero」というモバイルバッテリー事業を、父の会社の一部門として立ち上げることになって、一部製品の企画や営業、広報なども担当していたんですよね。

・松本
お父様のお仕事を間近で見ていて、「あぁ、物販って面白いな」と思ったポイントって、どこでしたか?
今までやっていたWEBとは、収益体制もなにもかも、全然違うじゃないですか。
どこが魅力だなって思ったのかなーと。

・東
WEB制作って、あくまでもB to Bか、B to B to Cじゃないですか。
なので割と、1対1の関係性の中で完結していく仕事が多いでしょう。
なので、B to B to Cとかになると、もうコンシューマーの反応っていうのが分かんないんですよね。
モノ売りっていうのは、ダイレクトにコンシューマーの反応が分かる。すごく売れたら、コンシューマーにとって喜ばしいものだとわかるし、売れなかったら興味のないものなんだってすぐに結果が出る。
マーケットが裸で見えるっていうところが、すごく面白いなって思いました。

・松本
なるほどー。
確かにその感覚は、私もB to Bか、B to B to Cの仕事が多いのでよく理解出来ます。面白そうですね。羨ましいなあ…。

・東
ほんとに、面白いですね。
もうひとつ面白かったのは、“ブランドが成長していくってこういうことなんだ”っていうのをリアルに体験できたこと。大阪にある無名の会社がインターネットを通じて、知名度をどんどん上げていって、いろんな人に知られるメーカーになっていく…、っていう過程のど真ん中にいた経験は非常に大きいです。
こんな機会って、あんまりないと思うんですね。

・松本
うんうん。普通はみんな体験したくてもなかなか出来ないですもんね…。

ブランド1年目は鳴かず飛ばず。
急成長の鍵は「ひらめき」

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・松本
これまでを振り返ってみて「ブランドを成長させたキッカケ」だと感じている出来事ってありますか?

・東
いくつかきっかけになった出来事はあるんですが、一番最初のキッカケになったのは、「大容量バッテリー」の販売。これは父が考えた戦略で10000mAという大容量バッテリーの初期モデルを、マーケットに低価格で投入したんです。その時アマゾンの部門ランキング1位を取って。それがきっかけで急速に売れるようになりました。

・松本
ほー!どのくらいのペースで売れるようになりました?

・東
ほぼ“倍々ゲーム”です。
一日の注文が十数個だったものが100になり、200になり…という具合。そうなると仕事の内容も変わるじゃないですか。ちょこちょこと入ってくる注文を、通常業務の間に順次発送していたのに、そんなペースじゃマニアあわなくなって社長もスタッフもみんなで一日中、袋詰めしてるっていう…(笑)。たまに大阪の本社に訪れると、会社全体の仕事がほぼ止まってました。

(両笑い)

段ボールに山のように発送品があって、毎日毎日運送会社が取りに来る。一時期、倍々ゲームで増えていった頃の社内はこんな状況でした。
ある時を境にAmazonのFBA(倉庫および発送サービス)を使うことによって、これらの問題はクリアしたんですけど。

・松本
その状況に辿り着くのにどれくらいかかりました?

・東
そうですね、新事業を立ち上げて1年くらいかな…。最初の1年は鳴かず飛ばずだったんです。2年目で大容量を安く出した時に、だんだん売れるようになって。売れていく様を見ていて「ああ、コンシューマーにとって必要なモノだったんだなー」って。リアルに肌で感じられることは面白いなあ、って感じてました。

・松本
そのほかに成長のキッカケになった出来事ってありました?

・東
「ダンボーバッテリー」ですかねー。

・松本
あれはめちゃ可愛いですよね!アイデアは、東さんですか?

・東
そうですね。「ダンボー」を製作しているよつばスタジオさんは、特に人脈などもなかったんですけど、自分たちで調べてオファーしました。

・松本
なんで、「ダンボー」がいい!と思ったんですか?

・東
ある会社へ商談にいったらオフィスに置いてあったんです、「ダンボー」が。
それみてて「これがバッテリーになったら可愛いなー」って、シンプルに思っただけです。

・松本
すごい偶然。でもよくそこで、商品化のアイデアがひらめきますね?
いつも何かを見つけよう、と気をつけてるんですか?
それとも勝手にイメージが入ってくる?

・東
あー、勝手に…。昔からそうなんです。

・松本
天才肌ですね…。私、イメージとかがビジュアルで降りて来ない派なんです。

・東
いやもうね、いきあたりばったりなんで…

(両笑)

※)http://store428d.com/

コンセプトを作るのがすき。

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・松本
物販の面白さを体験した最初の商品は、バッテリーでしたよね?
ただ、いまご自分では「RAKUNI」でiPhoneケースを扱われているでしょ?
こっちのジャンル、つまり雑貨系で勝負しようと思った、キッカケはあったんですか?

・東
そもそも私はエンジニアじゃないんで、バッテリーのようなエンジニアリングに対して、そこまで知識が深くないですからね。しかも私自身、女性でもあるのでシンプルに雑貨とかが好きなんですよ。
でも父の事業方針としては、雑貨っぽいもの、デザインものに関しては注力しない、というスタンスだったので、自然にこのジャンルには自分の会社でとりくんでみようかな、と思ったんです。

・松本
雑貨を作るノウハウはどこで学んだんです?

・東
1度、「cheero」から手帳型の革ケースを出したこともあってね。
そのケースを作ったことを機に、何年間かトルコの革会社とお付き合いがあったんです。
ちっちゃな案件をいくつかやってるうちに、何となく作れるかもっていうのが見えてきた。
ただ、ふつうの手帳型のケースを作ってもあんまり意味無いじゃないですか。

・松本
うんうん。もうある程度、既製品もいっぱいあるし。

・東
手帳型ケースだったら、もうやるつもりなかったんですけど、その裏側にポケットをつけるっていうアイデアが社内で固まってきたので、これだったら戦えるかもしれないと。

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※「RAKUNI」内側|ポケットがたくさん付いていて便利!
・松本
ここまでお話聞いててね、私やっぱり、東さんの「スピード感」が好きなんだなあ、としみじみ思ってるんです。
WEBからcheero、cheeroからRAKUNI…。
なんというか、私の周りをぐるりと見渡したとき、東さんだけ速度が違う気がするんですよ。
「あれ?もうそんなとこ行っちゃってる?」みたいな感がすごくあって。

・東
飽きるのも早い…(笑)

・松本
笑)
なにがモチベーションになってます?

・東
あー、何だろうなあ…。
なんかね、今、この場にない価値観、みたいなもの、
つまりコンセプトを作っていくのが好きなんだと思います。
「cheero」も「RAKUNI」もトーモも、名前から考えたんですけど、たぶん、コンセプトメイキングが好きなのかな?

・松本
コンセプトを作る、かあ。
私、すごく好きです、東さんが作ってる名前たち。どれも万人に分かりやすいし、しかも可愛い。

・東
ありがとうございます(笑
あと、なるべく造語で、ドメイン取りやすいようにするとか。
でも基本的には自分の大切にしたいコンセプトを名前にしてるかな。

・松本
「RAKUNI」で大切にしたかったことってなんですか?

・東
いかに荷物を減らすか…、ですね。
とにかくiPhoneだけで行動したい、荷物を減らしたい、って思いがずっとあって。ほんとに、荷物嫌いなんですよ。
例えば、お財布。持たないんです、基本的に。全部ポケットにじゃらじゃらと入れてて。
昔からカバンも持つの嫌なんで、ひどい時はコンビニの袋にモノ入れて出かけたり…。

・松本
え?(笑
でもいつも綺麗にワンピース着てらっしゃるじゃないですか。

・東
いや、ワンピース、かぶるだけじゃないですか!いちばん楽な服なんで。
コーディネートもしなくていいし、1枚で済むし(笑)

・松本
なるほど!!! そこかー。
てっきりおしゃれ好きなんだとばっかり…

・東
大事なのはおしゃれってことじゃなくて、ワンピース=楽だからっていう選択…。もうとにかく「煩わしいのが嫌い!っていう思いが昔からある。
だから「RAKUNI」っていうブランド名も、その発想がベースにあるんですよ。「RAKUNI」さえあれば外出できる。
幸いApple Payが実装されたりとか、これ1台でいろんなことが出来るようになってきたので、より価値は増してると思います。

・松本
へえー!!
いやー、やっぱり自分のストレスを解決するとか、自分が欲しいものをカタチにする、ってスゴく大事ですね。

実は、正気の沙汰じゃないといわれてた

※ここで、パートナーのおおつね氏登場

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・松本
東さんってどんな人ですか?

・おおつね
悪い風に言うんだったら、客観視が出来てないっていう。
でも、ある意味それは、自分がいいと思ったらいい、っていうことでもある。
まあ、普通このご時世に、iPhoneケースつくらねーだろって思うでしょ。

・東
ああ、そうそう。直接的に批判や忠告をされたワケじゃないんですけどね、当時は周囲の反応もあまり芳しく無かったんです。
「RAKUNI」発売当時はちょうど、ケース業界で倒産してる会社がいっぱいあって。なおかつ、出したのが5月末で、もう次のiPhoneが出る直前。みんな業界の人達は、そのタイミングでの参入にびっくりしてたみたいで。

・松本
へえー、そうなんですね。でも売れましたよね?

・東
はい。メディアに取り上げていただいて、とても好意的に書いてくれたのが大きな要因ではあるんですけど。
いざ発売してみたら結構売れたことで、目立った名前になりました。

・松本
以前、個人的にお話しした時、小さい企業がものを売るなら、「商品が良いこと」と、「売り方」が大事だっておっしゃってましたよね。まさにそれですよね。PRがきちんとできた。

・東
そうですね。
最初のスタートダッシュは、みなさんに応援していただいてホントにありがたかった。
でも一部の関係者にのちのち「僕、あの時の東さん、正気の沙汰じゃないと思ってました。」と直接言われて、ああそうだったんだって(笑
でももし当時に、周りの本音が私の耳に届いてたら、もしかしたら気持ちが弱ってたかも知れない。逆に、全然聞こえてなかったので作れたかな、と思います。

 

シンプルに「やってみたい」という
気持ちで動いている。

・松本
周囲の声が聞こえなかったから行動出来た、っていうお気持ち、スゴくわかります。聞こえてたら、持ち前のスピードが鈍っていたかもしれないですよね。

・東
そうですね。というか、スピードあるかなあ、私。
いやー、スピードは無い方じゃないかなあ…。

・松本
横で見ててどうですか?(おおつね氏へ)

・おおつね
せっかちなんじゃないですか?自分では普通、なんでしょ?
客観的には、せっかちだから。客観視は苦手なんでしょ。

・東
たぶん、面白い商品見たら、後先考えずに買う、テレビショッピングみたいなマインドに近いような気がする。

・松本
それどういうことですか?(笑)

・東
テレビショッピングって、ふつうの人だったらちょっと立ち止まって、デメリットとかいろいろ考えるじゃないですか。
私そこは全然考えずに、「え!これ何?新しい!」「え!欲しい欲しい!」みたいな感じでオーダーしちゃう。RAKUNIもそのノリ。「やってみたい!」と。あ、これ、父の血なんですよ。

・松本
ほう!

・おおつね
やってみたかった。

・東
そう、やってみたかった。あ、それやわ、「やってみたい」で動いてるな、私。

・松本
なるほど…シンプル!
「やってみたい」で動いた結果、これは成功したなあって、思えるNo1はどの事業です?

・東
大成功の企画は「ダンボーバッテリー」?
マーケットへのインパクトが大きかったですね。業界のスタンダードを変えたっていう。でも、そういう意味での大成功って「ダンボーバッテリー」だけかなあ…。

・おおつね
知名度も何もかもアップ。モバイルバッテリーの流れは変わったし。

・松本
売上高がいいだけじゃなくて、業界のそもそもの流れを変えたっていうのがすごいですよね…。しかも失敗もないところがスゴい…。

・東
めっちゃ失敗はしてないです。
そもそも開発途中で「これ売れないんじゃないの?」とか、ちょっと違和感感じたら、スッとやめてしまうから
自分がどうしても使いたいものじゃ無かったら、売れないだろうって思ってる。
ここもシンプル。「RAKUNI」は使いたくてやってるし。

・松本
自分が使いたいから、そもそも荷物持ちたくないから「RAKUNI」…。

・東
そうです、そうです。

・松本
「楽になりたい」っていうコンセプトで作ったのに、東さんが楽にならない、使いたくないアイテムなら、そもそも成り立ってないですものね。

・東
すごい大きな会社だったら、マーケティングデータから確度の高いモノ抽出して、たくさん作って、バーンってマーケットに放り込んで、売れないやつは切って、売れてるやつを残してって、っていう戦略をとったらいいと思うんですけど。小さな会社はそんな風にはできない。よそがやってないことをやらないと、生き残れないんでね。

・松本
「やりたい」を追求するって至極シンプル。でも一番大事な気がしますね。

 

昔からの仲間がいなければ、
いまの自分はいないかも

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・松本
今までで、一番のキーパーソンだったなって思う人って誰です?1人だけ挙げるとしたら?

・東
父以外で挙げるなら…
こういうガジェット業界に入ったキーパーソンは、Macお宝鑑定団のダンボさんかな。ブロガーさんです。
もう、25年くらい、Appleのことを毎日何本も記事書いていらっしゃいます。

・松本
え!毎日何本も!?

・東
そう。記憶力が死ぬほど良くていらっしゃって、データにもとてもお強くて。
なによりAppleがすごい好きな方。なので、Appleに関連することで頑張る人をすごく応援してくださるんです。
ダンボさんが、私が上京するタイミングで、ほんとにいろんな所に連れて行ってくれて、いろんな人紹介してくれて。AUGMにも呼んでくれて…。
ダンボさんとの出会いが無かったら、「cheero」を売るきっかけも無かったと思います。

・松本
ダンボさんとの出逢いはどの時代に?

・東
私が27の時。WEBディレクター時代ですね。
当時、Appleの心斎橋店がオープンしたのを機に、ダンボさんほかAUGMの人たちが、大阪にいらっしゃったことがあるんですよ。オープニングイベントなんかを楽しむために。そのタイミングで知りあったんです。
ダンボさんのmixiに、「もし、オフ会されるんなら参加したいです。」ってコメントしたら、「言いだしっぺが幹事しろ」って返信が(笑。
まだその時、誰一人知りあいがいなかったんですけど、60~70人くらいの飲み会の幹事、したんですよ。

・松本
え!!
60人とか70人とかそんな大規模の??

・東
そう。でも私が誰一人知らないんで、ダンボさんがヘルプを出してくださって。AUGMの人とも繋いでくださったし、みんなに助けてもらって、幹事できたんです。
それがご縁で、AUGMの人達とも知り合えたし、今でも仲良くさせていただいてます。
さらにAUGMの人達だけではなくて、天六のディーボックスで集っていた方々もいっぱいいらっしゃってて「あれ、なんで東くんがここにいるの?」みたいに、ディーボックス、AUGM、それまで私がお世話になっていた人たちの輪が、ここで一気にガシャンと繋がったんです。

・松本
へえー!その方々が「cheero」や「RAKUNI」を広めてくださった?

・東
それは大きいと思います。もともと私の出身がWEBなんで、みんなの受け入れ態勢も、自分たちとの同じ仲間が新商品出した、みたいな感じであたたかく受け入れてくださって。東京でWEBデザイナーのフリーランスとして初めて活動した時も、それまでのおつきあいが下地にあったので、スッとWEBの世界に入れたんですよね。

・松本
なるほどー。そこが有る・無しで全然違いますね。

・東
はい、きっと全然違ってましたね。ガジェットを扱いだした瞬間は、本当にみなさんに支えられたし、応援していただいた。
ダンボさんが広げてくれた世界から、自分でさらに開拓しているうちに、気づいたらすごく業界のお友達が増えていたっていう感じです。
ダンボさんがいなかったら、今は無いかなあって、ホントに思っています。
だから今、ある程度自分にいろんなネットワークが増えてきたので、
今度は還元しようかな、できたらいいな、と思っています。
自分がこれまで仲間に貰った分を、周りに多少なりお返ししたり、繋いだりしていきたいですね。

 

好きな人と好きなことをする。
そして好きな人と一緒に死ぬ、
そんな人生にしたい。

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・松本
言葉にするのちょっとこそばゆいかもしれないですけど、
どんな人生にしたいですか?

・東
どんな人生?うーん…。
自分の好きな人たちと楽しく生きて、最後「ああ楽しかった」って言いながら、(おおつねさんを指差しながら)一緒に死ぬ、みたいな…。
やりたいことは出来るだけのお金は欲しいけど、別にお金を儲けたいとかではなくて、やりたい時にストッパーにならないくらいの稼ぎがあって、自分の取り巻く周りの人達も還元できるくらいの懐があって、目の届く範囲ではみんなちゃんと生きてるな、って認識できる状況で、私は私で好きなことして…。最後「はあ、楽しかったなあ」と言いながら死ぬ、みたいな感じがいいです。

・松本
好きなことして、好きな人と死ぬ。いいなー、いいなー。
東さんの発想とかスタンスとか、やっぱり好きです。

大きなお世話かもしれないんですけどね、私、同じ女性たちに東さんのことを勝手にお知らせしたいと思っていて。
「こんなに伸び伸びと働いて、面白いことしている人がいるんだよ、見て見て!」って。
特に「起業」とかいうワードに興味ある人に伝えたい。

・東
起業した頃って、何もわからないんでわたしも女性経営者とかが集まる会には、参加してたんですよ。
でもそういう拠り所に参加するのって、実は非常に消極的な考え方で、そこから得られるモノって、実はあまりないって思ってる人なんです。
ただ起業して右も左も分からない時に、そういう集まりがあると、非常に勇気づけられると言うか、「お互い頑張ろうね」って支えあえる効果もある。なので一概に意味が無いとも言いません。ただ、そういう類いの集いには例えば半年だけ参加させてもらって、卒業していくっていうスタイルが、良い参加の仕方じゃないかな、って。

・松本
変に長居しても、何も得られない、と。人脈というか、おつきあいを広げるのは大事なんですが、ひとつ間違うと馴れ合いになりそうですよね。
でも、本当はただ自分の行きたい方向に、うまく進めないだけで、とりあえず人と繋がっとこか、みたいな人も多いと思う。

・東
最初はどんどん参加した方がいいと思いますよ、片っ端からね。参加して、合う・合わないを、自分の気持ちがいいか悪いかで判断していくことが大事かな。心が気持ち良くないものは参加するの辞めて、ね?気持ちの流れに逆らわずに。

一番マズいと思うのは、「ここにいたら、おいしいことが有るかも知れない」っていう気持ち。それが一番まずくって、雑念のかたまりでしかない。そう思ってる間はおいしいことはぜったい降りて来ない。20代とかにやるじゃないですか、そういう交流会への参加の仕方。

・松本
めっちゃわかります、それ。めっちゃわかります(笑。年を重ねていくぶん、若い頃との動き方も変わってしかりですよね。
あー、やっぱり面白かったです。また東さんに会いにきたいです。

・東
ありがとうございます(笑。




編集後記

新しいことを始めるのって、年を重ねれば重ねるほど、いやはや難しいなあと、思うんです。確かにね、「新しいことを始めるのに、年齢なんて関係ない!」ってよく言いますけど、いざそれが自分の仕事だったり、生活に影響したりすることなら、なかなか腰が重くなりがち。社会的にベテランになればなるほど、大半の人は今まで築き上げた経験という「財産」で、乗り切りたいんじゃないかなーと思うんです。
もちろん、ひとつの世界でまっとうするのが悪、と言いたいのではなく。「新しい世界に行きたい!」と思う気持ちと、「現状の世界で無難に過ごしたい」と思う気持ち。このふたつが自分の中にある時、さあどっちを選ぶ?というお話です。

WEBの世界から物販の世界へいった東さん。「なんで新しい世界にいったんだろう?」「どうしていけたんだろう?」「なんでそんなに速いんだろう?」ずっとずっと気になっていたので今回、インタビューさせていただきました。その答えは冒頭の見出しにもした「逆らわない」という、彼女のスタイルにあったのかな、と思っています。
「やりたい!」と思う気持ちに逆らわない東さんに、私は俄然憧れます。もちろん年を重ねて、やりたい気持ちを優先出来るだけの、経験も知識もブレーンも兼ね備えた「行動力」があるからなんだけど。
それでもやっぱり「わーい!やりたい!」とニコニコして言える人って、絶対いい。だってどれだけの大人が、自分の仕事を笑顔で「やりたい!」といえるんだろうか?と、思うから。
やりたいという気持ちに逆らわないこと。それは自然に人と繋いでくれたり、自分の世界を広げたりしてくれる。私も信じたこと、やりたいことを思いっきりやって、好きな人と死のうっと。

東 知美

1976年大阪生まれ。同志社女子短期大学卒業後、大阪デザイン専門学校マルチメディア科1期生として就学。 WEBデザイナーとして制作会社勤務を経て、25歳でフリーランスのWEBデザイナーに。大阪・東京でWEBデザイン・ディレクションを手がけながら、 大阪のインキュベーション施設「ディーボックス」(現在は閉鎖)ほか、 Appleユーザー同士の地域交流グループ「AUGM」にて、多くのWEB・IT関係者と幅広い交流を深める。
2009年、WEB制作を主要事業とする株式会社トーモを設立。本業の傍ら、自身の父が代表を務める会社、ティ・アール・エイ株式会社の新規モバイルバッテリー事業において 一部製品の企画や営業、広報などを担当する。 2016年には自社ブランド「RAKUNI」を立ち上げ、“毎日の生活をかろやかに”の コンセプトのもと、物販事業を展開。主力商品のカードホルダー付きiPhoneケースは発売以来、完売した品番も多数。精力的に新作を発表し、現在に至る。

【販促ラボVol.10】ECサイト、完成してみた

さて。販促ラボを書き始めて約4カ月半。仕事納めの約1週間前に、実は商品の本サイトを公開しました。http://mukunastore.com/

「なんでそんなひっそりオープンしてんの??」それはまだこちらの受注体制が取れていないから(笑

年末も、超ど年末にサイト公開となったので、わたくし含め、ほかスタッフは本業(広告制作業)に忙殺されておりましたのです。

サイト公開、ってことはもちろん名前も決まってるワケでして。

もちろん前回の商品撮影時にも決まってたワケでして。もったいぶったワケではないんですが、なんとなく言いそびれてました。なんせ受注体制が整ってなく・・(言い訳)。で、肝心のブランド名は

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「無垢な日常」

 

過去記事でもウニウニ悩み、ここでは書ききれないくらい試行錯誤し、紆余曲折、七転八倒した結果、これにしました。

ライフスタイルに寄り添うやさしい日用品「無垢な日常」

よいものに囲まれながらていねいに暮らしたい

高級ではなく、上質なものを選びたい

大切な人にも、地球にも
やさしいわたしでいれたなら
とても倖せ

そんな暮らしにこだわる人の
やさしい暮らしに寄り添います

JAMSTOREのスタッフは、全員が子育てや介護で時短勤務とリモートワークを基本としているメンバーばかりです。そんな私たちが自分の子どもと一緒に、家族と一緒に使いたいなあと、心から思える商品でありたい。自分にも家族にも、みんなに優しい日常に寄り添う商品を作りたい。そんな思いをこのブランド名にこめました。

「無垢な日常」

第一弾はデオドラントとクレンジングです。

http://mukunastore.com/

【販促ラボVol.9】商標登録の相談をしてみた、の巻き

またも年末差し迫る中、行ってきました。商標登録の相談へ。

「そこまでやる??」という声も聞こえてきそうですが、ちゃんと本来の流れを知っておきたかったのです。自分たちが経験しておけば、お客様がいざその状況になったとき、実体験を元にお話しさせていただけるかなと。

伺ったのは、いつもお世話になってる東向行政書士事務所の東向先生からご紹介いただいた、辻本法律特許事務所様。弁護士・弁理士の辻本先生と弁理士の神吉様にご対応頂きました。

結論、ご相談してとてもよかったです。

商標登録をする意味はなんなのか商標登録するにはどんなやり方があるのか、コストはどのくらいかかるのか、をこちらの立場に立って率直にお話くださいました。

商標登録っていろんなやり方があるのね。いかんせん自社で商標登録をしようなんて考えたのは初めてのこと。とても勉強になりました。

でも一番、良かったなと思ったのは、お会いしてお話を聞いて、先生のお仕事に帯するスタンスがわかったこと。

実際、辻本先生の事務所より、安く商標登録の手続きするところもあるようです。

でもそれはあくまで『手続き』料だけで、辻本先生のところのように本当にどういう形ですればよいかを調べたり、一緒に考えたりしてはくれないところが多いみたい。

 

やっぱり最初だし、お願いするなら不安を一緒に解消してくれるところがいいよな。

今回、商標登録をしようと動いてみて、改めて自分たちの仕事も振り返れました。

 

お客様の不安をちゃんと解消できる存在になれなきゃ、ちゃんとした商売はしていけない。

 

身が引き締まる思いでした。マル。

【販促ラボVol.8】商品撮影の難

年末差し迫る中。しました、商品撮影。

場所は今回WEB制作でご協力いただいている株式会社アライバルクオリティーさんにて

今回はブツ撮りと人物撮り。撮影には子どもを使いました。それは子どもが触っても安心なことを伝えたかったから。しかしながら予算削減のため、子役は自前です(うちの息子)。

ふ、不安。。だ、大丈夫かな・・。

ちゃんと狙い通り動いてくれるかな・・。

 

そしていざ撮影が開始。息子にさっそく声をかけるわたくし。

母「ほら、ボトル取ってみようか。ね。取れる?」

 

 

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はい、微動だにしない息子。いやな予感はキレイに的中しました。ま、当然と言えば当然ですが。

母「ね?あれ取ってみようか?あれ?テーブルの上にあるのなんだろね??」いつになく積極的に話しかける母。

 

 

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やはり、微動だにしない息子。

どうして・・・。いつもあんなに動き回るくせに、こんな時に限って動かない??

母「ほら、ほら取ってみようか?なんだろねー・・・??」

 

 

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どうしても微動だにしない息子。

 

あああぁ。。そらそうか、、やっぱりフツーの一歳児だもんね・・・。思うように動けってのが無理だったか・・。モデルさん雇うべきだったか。。と公開し始めた矢先。

 

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動いたあぁぁぁx!!!!!!!!!!!!!でかした息子!!!

 

と、動き出したらめきめきうごく。

 

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今度は左手!!そう!!そうだよ息子ーーーー!!!その後はいい感じに右手左手を動かす息子。

 

実はこの奥に、彼が大好きなスナックパンをカメラからは見えないように、でも息子からはきっちり見えるように仕込んだのはわたしです。

 

そんなこんなでなんとか子どもの撮影は成功。その後のブツ撮りはなんなく終了。

やっぱり常日頃から思うことですが、

素人モデルの(しかも子どもの)撮影はしんどい!!!!

ヴィジュアル的にも持つかしら・・・。

超心配。

 

【ルーツvol.5】職業:集客ライター|向井雅代

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「パワフルな妊婦さんだなあ」これはまだ次女ちゃんを、お腹に宿していた頃の向井さんとお会いした、率直な第一印象です。彼女の名刺に刻まれていた「集客ライター」の文字。自ら「集客」がミッションだと名言するのは、ライターとしてなかなか覚悟のいることです。彼女の「本気度」に興味を覚えたあの日からずっと温めていた今回の企画、晴れてインタビュー敢行です。




ブラック企業からの転職。
ハマった広告営業の面白さ

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・松本
そもそも、リクルート発行のクーポン雑誌「ホットペッパー」の
営業をされていたんですよね?それは幾つくらいの時ですか?

・向井
新卒の9月からです。実は大学卒業後、4月入社した訪問販売の会社が、かなりのブラック企業で…。すぐに転職したのがリクルートだったんです。
元の会社は、某大手出版系の有名な会社だったんですけどね…。

・松本
なかなかハードな職場をご経験されたご様子ですね…。

・向井
新卒入社してスグの4月末、ゴールデンウィーク前だったかな?
母親が私の配属先だった名古屋まで迎えに来たんです。
「一緒にもう帰ろう」と。
配属先も最初の話とちがうし、
夜遅くまで若い女の子がたったひとりで働くなんて、おかしいよ、と。

もうちょっとだけ頑張ろうかとも思ったんですけど、
地元の同級生話とか、みんなの話聞いて、「よし、辞めよ。」と、決意しました。
辞めてからは3~4カ月ニートして(笑。
そこからリクルートに転職しました。

・松本
ホットペッパーに応募しようと思ったのは、
なにかキッカケでも?

・向井
ホットペッパーとの出逢いは大学生の頃でして。
当時、アルバイトしていたお店が
ホットペッパーに広告を載せてたんですが、
営業担当の人がよくお店に来ては、
撮影の提案をしたり、メニューの提案をしたりしていたんです。
そんな仕事ぶりを端から拝見していて、面白そうだなあ、と。

新卒で入った会社を辞めた後、アルバイト時代に横から眺めていた
ホットペッパーのお仕事を思い出したんです。

そこで知人だったホットペッパーの関係者に
実際にはどんな職場なのか、どんな仕事内容なのか、いろいろ話をきいたんですが、
意外にもその答えは「業務の8割が営業」というもの。
関係者曰く、クリエイティブな要素は仕事全体の比重で考えると少ないかも、
という見解でした。だけど応募したんです。

・松本
それはどうして?
いまの本業でもあるライター色が強い仕事でもなかったのに?

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・向井
自分の中で「営業」という仕事に少し未練というか、
リベンジしたい、そんな気持ちがあったように思います。

前職のブラック企業で配属されていたのが、営業だったんですよ。
辞める時、私と年の近い女性上司に言われたのが
「あんた、こんなとこで今辞めても、何の意味もないよ」
みたいに吐き捨てるような言葉で。
それがなんだかすごく悔しくかったんです。
「営業が嫌で辞めるんじゃない!この会社の体質が嫌なんだ!」と
当時言い返せなかった代わりに、
もう1回営業をやってみよう、という思いになりました。

すごく負けず嫌いなんですよ、わたし(笑。
結局リクルートの営業には、3年半限定の契約社員制度で入社したんですが、
契約期限終了までやりきりました。

・松本
ホットペッパーの営業は前職とは全く違いました?

・向井
はい、全然違いました、仕事内容もやりがいも。
ホットペッパーは、営業と制作をひとりで全部やるんですね。
自分で営業して、自分で取材行って、撮影行って、原稿書いてオッケーもらって。

さらに前職はBtoCだったんですけど、ホットペッパーはBtoB。
相手もキチンと対企業としての振る舞いで接してくれる。
飛び込み営業もありましたけど、前職との大きな違いは、
なんというか、人間として扱われている感(笑。
これはすごく感じました。これなら営業も悪くないなあって。

・松本
そこから営業にハマった?
なにが一番面白かったんですか?

・向井
一番熱中してたのは、「どうやってこのお店に、お客様を呼ぶのか」を考えること。
私はホットペッパーの中でも、スクールページの担当をしていたのですが、
掲載主の方は、個人事業の方がすごく多かったんですね。
有象無象ある教室の中から、いかにして選んでもらうか、
いつも試行錯誤していました。

当時からホットペッパーは、飲食や美容系の広告が大半で
広告の効果も出しやすかったのですが、
スクールページには、まだまだ成功のセオリーがなかったんです。

例えば飲食や美容は、このサイズ枠の原稿でこんな内容を載せて、
このクーポン付けたら、これくらいの集客がある、と
概算とはいえある程度数字が見込めたんですね。
大きい居酒屋だと、ホットペッパー1回の出稿で千人単位の人がきてた。
でもスクールページはそうはいかない。
1回の出稿で来店ゼロのケースもありました。

さらに状況を厳しくしたのは出稿条件。
飲食店と比べてかけられる費用も、費用対効果も違うのに、掲載代金は一緒。
もうひとつおまけにまさかの、社内競合「ケイコとマナブ」という存在まであった。

・松本
ホントですね、身内から攻められてるみたい(笑)

・向井
そうなんです。そんな条件下で戦わないといけないから、本当に難しかったですね。
でもお稽古をする人の母数を増やしたい、
本気で「お稽古を文化にしたい!」くらいの志を持って仕事をしていました。

・松本
なるほどー。厳しい環境はむしろやりがいや、
いまの向井さんのノウハウに繋がっていったんでしょうね。

仲間と夢中で考え続けた
「集客」の仕方

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・向井
当時は上司とも結構、やりあいました(笑。
ちょうど私が営業していた頃は、
紙とWEBのすごい移行期だったこともあって、
ホットペッパーだけでは解決出来ない問題にも多々直面していましたから。

もちろん会社の営業方針や、媒体コンセプトは理解出来ていたんですが、
一方でITリテラシーの高いお客様から、
「これからはホームページだよ」「紙なんて意味ないよ」と、
ホットペッパー媒体を否定されたりすることもある現実。

自分たちも与えられた枠の中で、
どうすれば効果を出せるのかを悩んだあげく、
媒体規定の範疇で、かなりNGギリギリワードを使ったりしたことも。
いかに効果を狙える原稿を作るか、
そんなことばかりを日々考えていましたね。

・松本
あー、わかるなー。私もお客様のことを考えれば考える程、
「リクルートのメディア内」で解決出来ることと、
そうでないことのジレンマには悩んだなー。

・ 向井
会社の仲間もみんな自主的に色々、勉強する人たちで。
WEBの本を読んだり、広告の本を読んだり、マーケティングを勉強したり。
誰に言われるでもなく、みんな自分で勉強する面々と切磋琢磨していました。
会社から降りてくる方針で、納得できないものがあったら、
みんなで話し合って、もっとこうしよう、とか、ああしようとか。いつも話合ってた。
でもそういう仲間と働ける職場がすごく楽しかったんですよね。
夜遅くまで仕事するのもまったく苦じゃなかった。

・松本
アツいですよね、リクルート(笑

・向井
ですよねー。でも結局、わたしが辞めてすぐ、
ホットペッパーも、飲食もビューティーも全部WEBに変わったんですよ。
辞めたのは、26、7歳とかだと思うので、いまから7年くらい前のことですね。
あの時の仕事は、本当に楽しかったし、私にとっては財産です。

営業としてだんだん
身に染み付いた「達成癖」

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・松本
営業を楽しめる人って、やっぱり向井さんのように
相手のことを考えられる人、その一点につきます?

・向井
うーん、そうですね。でも売れる人は
それだけが要因でもないのかもなーと。
私の場合は、売上数字の目標達成に対する強迫観念、みたいな感覚もあった気がします(笑

・松本
強迫観念?

・ 向井
私が入社して半年位の頃、ある営業キャンペーンで、
新人ながら関西でトップの売上成績をとっちゃったんです。

いま思うと、当時は入社したばっかりで、先輩たちに比べて断られた経験がまだ少なかったから、恐れをしらずに達成出来たんだな、と。
辛い経験値が少なかったことがプラスに出た。
それで結果的に達成出来ちゃった。

でも関西でトップの成績をおさめたことで
なんとなく、自分で「デキル子」の看板をあげたような気がして、
後にはひけなくなったんです。
なんとなく周囲からも「アイツは達成するだろう」
みたいな目で見られているような気がしてた。
半ば、強迫観念でやってた面がありますね。

やっぱりトップに立ったあとは、落ちるのはカンタンでしょう。
自分であげたこの看板をずっと掲げ続けるために
それ以来ずーっと売上目標は外しませんでした。

・松本
強迫観念!しんどいねー。

・向井
でもおかげで売上達成し続けることが出来たし。
営業としては大切な要素だったかな、と。

もう1つ、営業を楽しめる人に大切な要素って、
今日最初からお伝えしている話ですけど、
「どうしたら集客出来るのか」をどこまで純粋に、真剣に考えられるか人かどうか。

もちろん、効果が出なかったら、リピートもしてくれないし、お客様からもクレームになる。でも、それだけじゃなくて、ほんとにお客様の立場にたって、
どうやったら集客できるのかなあって。

ここを考える作業を楽しめるかどうか、かなと。

・松本
それが今の「集客ライター」というご自身の肩書きにつながってますよね。

・向井
そうですね。結局、独立しようと思ってからも、すごい遠回りはしたんですけど、
辿り着いたのは、あのホットペッパー時代に、
お客様のところへ集客する、その一点に集中した、あの仕事が楽しかったなあって…。
あの仕事になるべく近いことをやりたいなあって、思ったんです。

集客にこだわるのは
大好きな人を想うがこそ

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・松本
集客へこだわる人って、色々なモチベーションがあると思うんですね。
例えば、お客様の事が好きになって、「なんとかこの人の役に立ちたい」という思いなのか。はたまた、集客出来るノウハウを付けた自分の成長が嬉しいのか。
向井さん的にはどっちが近いです?

・向井
うーん、どちらかというと前者の「この人の役に立ちたい」のほうですかね。

ホットペッパーの時、原稿担当していたお客様は同じ業種の事業主様が多かったんです。
つまり、かなりの確立で同じページに掲載されるんですね。
例えば、ヨガ教室。私の担当するヨガ教室が同じページにズラッと並ぶことになる。

出稿頂いている以上、それぞれ集客しないといけないじゃないですか。
あのヨガ教室じゃなくて、このヨガ教室にお客様が来る理由は何なんだろう、
ここの教室ならではの良さは何なんだろう、そこは、すごく考えてました。
考えて書き分けないと、ヨガ教室を仮に3つも担当してたら、
全部同じ原稿になってしまうんですよね。
それではまずい、と(笑)。

相手を思う気持ちがあるからこそ、独自の良さを引き出してあげられる。
もちろん自分の職務として考えた時も、
顧客それぞれに集客してあげないと、私の存在意義がない。
やっぱり顧客を思う気持ちが一番大事ですね。

・松本
なるほどね。独自の良さを引き出す、かあ。

・向井
人それぞれ魅力があるじゃないですか。
特に個人で起業してる人、今だったら「女性起業家」なんていう肩書きになるのかな?
自分で何かをしている人達って、それぞれ、思い入れがある。
そんな人たちの話は聞くだけでも楽しいし、リスペクトに値する。
聞いているだけで自ずと応援したいなって、思うんですよ。

もちろん自分の中にノウハウが身に付くことは嬉しいんですけど、
それが自分の実績だ!と誇示したい欲はあんまりない。

それよりも、自分の大好きな人にマッチするターゲットが集客出来て、
「あなたのおかげでこんなにいいお客さんに出会えたわ。」って言ってもらうことが、
とても嬉しかったりしますね。

「陰の立役者」としての面白さ

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・松本
昔から人をサポートするのが好きなタイプ?
もしくは周りの人と何かを成し遂げるのが好きなタイプ?

・向井
そうですね、どちらかというと
1人で何かに取り組むよりも、周囲と関わりながら、何か生み出す方が好きかも。

・松本
ご両親もそんなタイプ?営業のお仕事されているとか?

・向井
父は教育者で。表に出ることを嫌う人なんですよね。
どっちかっていうと、裏方の美学みたいなのがある人。
チームを陰で動かしている、野球で言うとキャッチャー、
バレーボールでいうとセッターみたいなところに美徳を覚えるタイプです。

・松本
ああー、なるほど。目立たないけど、実は司令塔、みたいなイメージかな?

・向井
そう。自分の実績をひけらかさないことに、潔さを感じる人。
そういう考え方は、ずっと私も幼心に刷り込まれてきてるなあっていう、
感覚はありますね。

・松本
へー、なるほど。裏方が楽しい?

・向井
そうですね。
「この人すごい!」っていう人に出会って、サポートや秘書みたいなことをしてるのは、嫌いじゃないですね。

・松本
でも、今、独立っていうか、フリーランスっていう道を選んだでしょ?
そう考えると意外だなあって。
人と絡んだり、サポートするなら、組織に属していた方がいいんじゃないかな、と。
そう思うことはない?

・向井
そうですね。ただ、私の場合は物理的に子どもを育てながら、会社員を続けることに限界を覚えたんです。だから独立した。いま独立してから2年ほど経つんですけど、
やっと人を支える仕事と、自分を出す仕事、この両方の醍醐味を得られてきたかなって、感覚はあります。まだまだ手探りなんですけど。

・松本
具体的にはどんなポジションで仕事をするイメージ?

・向井
ライターって、家に引きこもってひたすら書く、っていう
イメージがあるかもしれないんですけど、私はそっちじゃないなあって。
引きこもるでもなく、かといって自分が前に出るでもなく。
それよりも、「志のある人、前に出るエネルギーのある人」の陰の立役者になりたいな、と。

・松本
なるほどね。陰の立役者になるには、色んなカタチがあると思うんだけど、
その人がうまくPR出来ないから、代わりに前に出てPRしてあげるのか、
二人羽織りのように、後方支援したいのか、どっちのイメージが近い?

・向井
うーん、どちらのカタチもアリなんですけど、相手に合ったやり方がいいな、とは思ってます。相手が求めてるポジションに就きたい。

「一緒に前に出て叫んでください」って言われたら叫ぶし、
「こっそりやってください」って言われたら、こっそり。
全然そこにこだわりはないですね。

独立後に出逢えた
支えてあげたい人の存在

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・松本
最近支えてあげたいなあ、とかこの人の役に立ちたいなあとか、思える
面白い人物っていらっしゃいますか?

・向井
「CiPU(シープー)」というかばんを売っている大山ようこさんですね。
彼女はすっごい熱意も、モチベーションも、パワーもすごくて…。
なんなんでしょうね、あれは…。

・松本
ははっ(笑)何がモチベーションになってる人なんでしょう?

・向井
たぶん、彼女がやりたいのは、かばんを売ること、じゃないんです。
「世の中のママを助けたい」と真剣に思ってる。
そこに、そこはかとないパワーを感じます。
実は彼女、元美容師でもちろん、自分の力で事業を立ち上げるなんて初めてのこと。
事業戦略を練ることから、仕入れ、商品の販促まで、
独学で試行錯誤しながら頑張っていたんです。

・松本
なるほどー!さてはほっとけなかった?(笑。

・向井
そう!もちろん彼女にもブレーンはいたんですけど、
私には、リアルママとしての声を聞いてくれたり、
実際に販売戦略を相談してくれたりとか、いろいろ声をかけてくれるんです。
わたしも一緒に考えたり、広報をサポートするうちに、いろいろ勉強させてもらって。
最新のWEBのトレンドってどうなんだろうとか、
ネットショップってどうやって運営してくんだろう、とか。
ものを売る上で大切な事がらを
身を以て学ばせてもらっています。

・松本
リアルなノウハウですね。

・向井
はい。彼女をサポートする上で、大事にしているのは「繋がり」。
私がお世話になっているマザープラスの巽社長とか、
周囲のママ友達とかも紹介して、私で出来ることがあればどんどんやってます。
大山ようこさんは私の同士のような、秘書のような(笑)感じですね

・松本
ずーっといままで聞いてて思ったんですけどね、
ホットペッパーでの実務経験がいまの向井さんを作ってるよね。
本当に充実してたんだなあ、楽しかったんだなあ、って感じます。
いわゆる成功体験もそこで積んできた。
独立した今も、大山ようこさんのように一緒に仕事をする仲間を作っている。
昔から、自分が関わった人とか、自分が好きだなあと思う人を助けて、
互いに盛り上げたい、みたいな根本は、ずっと変わってないですよね。

・向井
うん、そうですね。きっとそこが好きなんでしょうね
頼られるとかも、嫌いじゃないし、その思いに応えていきたい。

・松本
うんうん、なるほど。
ちなみにこれから、やってみたいことってあります?
何か具体的な事業でもいいし、こういう自分になりたいなみたいなイメージ像でも。

・向井
大山ようこさんのようなアツい思いのある人を、もっと数多く支える仕事をしていきたいですね。
経営コンサルまでは出来ないけれど、ちゃんと進むべき道を一緒に考えたり、アドバイス出来るパートナーになってたいなと。

そのためには、まだまだ知識とか経験とかが、
わたしの中に要るなと、最近痛感しています。
確かに自分が今までやってきたこと、リクルートで積んできた経験で提供できるものはあるけれど、辞めてからのブランクもある。
もっと自信を持って、お客様に成果としてお返し出来るように、
もう一回自分も勉強し直しだなあって。
だから大山ようこさんの仕事を手伝わせてもらうことも、
とても貴重な勉強の場になっているんです。

・ 松本
実際に販促を手伝うのと、本で読むだけでは違うもんね。
机上の空論にならないし、自分の実績になる。

・向井
大山ようこさんは日本で「マザーズバックといえばCiPUだよね」っていうぐらいにしたいと、本気で考えてる。そんな大きな夢、叶うかどうか分からないけれど、彼女は本気なんです。

でも本当に叶えていこうと思ったら、結局メディアとか、
大きな力がどこかで必要になるんじゃないかと。
そのコネクションをわたしが持っていたり、
どういうルートで行けばいいのか、ジャッジ出来たり。
お客様を支える上で、もっと学ぶべきことはあるはずだと思うんです。
将来的には、自分の中によりリアルな商売ノウハウを蓄積して、
大事なお客様を支えてあげたいと考えています。

書ける人よりも
集客出来る人になりたい

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・松本
いま、向井さんが思う未来を目指す上で、
ライターであることはやっぱり有利なんでしょうか?

・向井
結局、WEBで売る場合、ライティングの力が必要になるじゃないですか。
だからライターっていう仕事は本当に欠かせないと思ってます。
ただ、自分はもう一段階上流の仕事、
つまりお客様の右腕として、サポートをする仕事やりたい。

だから在宅で仕事したい人を、ライターに育てて、
私とチームを組んでお客様をサポート出来る体制ができたらなあって。
ワタシ自身もママ。ライターに育てる人もママ。
子ども見ながら、もしくは、介護しながらでもいい。
わたしが集客サポートを通じて、お客様からヒアリングしてきた内容を
在宅ライターに指示を出して、文章を仕上げていく。
そんなチームづくり、そんな仕事のカタチが
家で働きたいママのためにもなればなあ、っていう思いはずっと持っています。

「いまは家庭を大切にしたいから、月に何十万円にならなくてもいい、
月2、3万円があればいい」って思う人だっていっぱいいる。
そういう人たちを、ライター講座で育ててたいんです。

・ 松本
あー、いいですねー。
それ、ウチも共感する部分多々あります。
多分、向井さんって
ライターとしていまお仕事しているのは、
「書きたい」とか、「書くことが好き」なんじゃなくて・・・
あくまでお客様に結果を出す手段として、ですよね?

実はわたしも多分、文章がそんなに好きで書いてる訳じゃないんですよ。
文章書きが好きだったら、たぶん小説とかそっちのほう行ってると思うんですけど、
そうじゃなくて。
集客というか、お客様の役に立ちたいが結果、ライターという職業に属しただけで、
絵がもし上手かったら、デザイナーとかそっちにいってるかなーと。

・向井
そうなんですよ(笑
ライターの中でもいろんなライターさんいるじゃないですか。
コラムライターとかじゃなくって、
わたしがやりたいのは、集客に繋がるようなライティングだなっていうのを
最近ちょっと気づきました。

・松本
うんうん。わかる。その、すごくきれいな文章を書きたいわけじゃなくって。
その人に結果が出せる文章であればいい。
もちろんきれいな広告で結果が出せるのベストだけど・・・

・向井
そうなんですよね。小説みたいな文章も嫌いじゃない。
プロフィールとか書くと、ちょっと抒情的な感じになったり(笑)

・松本
それはそれでね、どんな状況でバッターボックスに立っても打てるバッターというか、
ポエム的文章も書けるし、ビジネス文章も書けるし、
求められた時に書けるっていうのは、強いですよね。

・向井
そうですね。私はプロフィール書くのはすごく楽しいですし。
自分のことってなかなかうまく表現できないし、見えてないし、いうのが常。
人のことだとめっちゃ強気にアピールできるんですよ。(笑)

はっきりと直球で魅力を書くことは、何よりクライアントさんが一番喜んでくれる。
「なんだか自分のことじゃないみたいだ」って。
自分では気づかなかった良さを再認識してもらえる。
その瞬間がたぶん、すごく嬉しい。
だからプロフィール記事は、わたしからその人へのプレゼントだと思っています。

・松本
なるほどねー。プレゼントかー。いいね。面白いですね。

もっと多くの人をPRするために
これから育てたいのは
「在宅ライター」

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・向井
女性起業家の中でも、同じメイクさんでもいっぱいいるし、
スピリチュアル系の人もいっぱいいる。
同じ仕事やってる人がいっぱいいる中で、
この人の良さはどこかなあっていうのを見て、ひき出してあげたい。
それが唯一無二じゃなくてもいい。

・松本
うんうん、わかります。
わたしもそれが知りたくって、インタビューしてるし、
こういうルーツって企画もやりたいなあって思ったし。
インタビュー通して分かることってあるじゃないですか。
芸能人とかじゃないと、取材を受けるって無理だと思ってる人が、けっこう多いんだけど、そんなことない。

・向井
そうですよね。
だから、わたしがライターさん育てたいっていうのも、
私が聞いた相手の良さをもっとスピーディーに世に出していきたいからなんです。
一人で書いていると物理的な限界がある。

・松本
相手の良さを引き出すのが好きですよね。
引き出した魅力を文章にする人がそばにもっといれば、
もっと聞いていきたいくらい…。

・向井
そう!上がって来たものは私が監修するとしても、もっとアピール出来る情報量が増える。そんな体制でやっていきたいなーと。

・松本
うんうんうん。わかる。
聞く仕事と書く仕事って、全然違いますもんね。

・向井
事業として、そんなカタチでやっていけたら、ということが
ここ最近ですけど、見えてきました。

ライティングの仕事も、今まで編集の方と、息合わなかったらどうしよう、とか、
少し腰が引けてた部分があったんですけど、そんな弱気じゃなにも始まらないなあって!とりあえず1つずつやってみよう、ってやり続けてたら、
お仕事を紹介してもらえたり、それが小さな自信にもなったり。

お客様のオーダーに応えようと思ったら、
わたしの手なんかスグにいっぱいいっぱいになる。
ほんとに早く一緒にやってくれる人を育てたい!ホントそう思ってます
限界がやってくる前に…(笑

・松本
そうですね。これからもチーム向井、楽しみにしてます!
今日はインタビュー、ありがとうございました。

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↑今回のSpecial thanks!!




取材後記

「取材してよかったな」これは取材後の私の感想です。初めてあったあの日に感じた「本気度」は今も健在。ライター仲間としても身が引き締まる思いでした。
母になってもどんどん可能性を広げていく彼女に、勇気づけられるママさんも多いはず。
「大切な人の魅力をPRしたい」という彼女の魅力は、
わたくしめが伝えてさせていただきたいなあと思った次第でした。

職業:ライター|向井雅代

某大手出版会社に就職後、株式会社リクルートへ転職。クーポン誌「ホットペッパー」の営業部に配属後は、新規顧客開拓から取材、商品撮影、文章作成など、広告制作に必要な一連の業務を担当する。株式会社リクルートとの契約期間3年を経て、独立。広告の費用対効果にこだわる「集客ライター」として、ブログやメルマガの代行、プロフィール作成、プロモーション提案など、企業や女性起業家の販促サポートに徹する。一方、赤ちゃんの寝かしつけを指導する「スリープレッスンインストラクター」というユニークな肩書きも。キャリアウーマンとして、ママとして、これまで得た自身の経験をいかしつつ、アグレッシブに活躍中。立命館大学人文総合科学卒。二児の母。

ライター向井雅代 公式サイトhttp://first2015.com/

アメブロhttp://ameblo.jp/osaka-mamafp/

【販促ラボVol.7】ラベルデザインとは、いばらの道

ボトル確定後はデザインへ。これまたデザイン担当のKくん中心に試行錯誤、二転三転、五里霧中。。

 

書体は?日本語、英語、ゴシック、明朝、縦書き、横書き…?

モチーフは? 太陽?月? 写真?イラスト? 動物?…。情報どこまで載せる?優先順位は?

店舗販売意識する?ECサイトだけ?・・・(略)

いざ諸々決めてレイアウトを配置すれば、さらに喧々諤々はヒートアップ

 

「この商品がなんなのか、このデザインではわかりにくいなー」と意見がでて修正すれば、今度は

「要素が多すぎるなー」という状況に。デザインがあがるたび、

「みなまで言わんでええやろ」「いやいやこれくらい要るやろ」

「いやいや、ペルソナの視点に立たずともこれはちょっとうるさいで」

「あんまり伝えなさすぎると、大御所感ありすぎるよ」「いやいや…」(中略)。

連日、チャットワークのアラートが鳴り続ける日々が続きました。

 

正直ね…、ここまで悩むと思ってなかったんです、わたし。悩むのは悩むと思ってましたけど、想像以上に優柔不断な自分がいました。

これが身銭を切るということか、と。

「これで売れるのか?ファイナルアンサーか??」と、いつまでたっても自分に問うてしまいます。

これどこで着地するんだよ、、、と自分の優柔不断さに泣き入れそうになったころ、ふいに背中を押されたWEBディレクターのT氏のひとこと

「ライフスタイルを提案したいんですもんねー。

機能より、ライフスタイルを表現出来るデザインがいいんですよねー。」

 

あー、はい。そうなんですだけど、難しいことさらりというよねー、T氏。でもそうなんだよねー。なんとなくしっくりこなかった理由が少し見えた気がしました

やっぱり外部ブレーンとの協業は大事、いや、

協業すべきパートナー選びってほんと大事

だな、と。自分も選んでもらえた時に、そう価値を感じてもらえるようにしなきゃですね。

その後、いろんな意見と選択肢と、汗と涙とまみれながら、悩みぬいて、すったもんだしたラベルデザインも、ようやくサンプルラベルを下版。透明プラに白ベタ100のせた上に、文字を載せたラベルとあいなりました。

29日(土)の撮影に間に合うよう、ぎりぎりセーフで滑り込み。

さあさあ、次回はようやく撮影です。

 

【販促ラボVol.6】悩めるボトル

名前が決まった…!とぼんやりしてる間もなく続きましてのフローへ。

2)ロゴ初稿
3)ロゴFIX
4)ボトルデザイン(パッケージデザイン)初稿
5)ボトルデザイン(パッケージデザイン)FIX
6)パッケージサンプル

10月初旬から約一カ月で終わらせるという段階へ。いやはや、追い立てられる感、半端ない(笑。

2)ロゴ初稿 → 5)ボトルデザイン(パッケージデザイン)FIX、とここまでのフローで約一カ月ちょい。なにが難しいって、

「機能売り」をしようとしてないとこ

「ライフスタイル」を売ろうとしているとこ。だーれもしらないブランドを、だーれもしらないJAMSTOREって会社が、作っていこうっていう無茶してるとこ。我ながら、どMかもですね。

でもね、その…なんというか…。

一から畑を耕すの大変なんだけど、

試行錯誤の結果、咲かせたい実がなったら、

その実、以上の価値あるんじゃないかと。

曲がりなりにも20年弱、広告の世界に関わらせていただいてきて、いまようやくここにトライできる環境になってきたんです、わたしの思考的にも、経験的にも、いま頑張ってくれてるメンバー的にも。だから、頑張ります。

 

と、いう前置きはもういいですかね、はい。デザインのお話。いやもうここはホントに二転三転、四転五転…。スケジュール上、ロゴとパッケージを同時することになったので、まずはボトルを選んだのですが…。

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いろんなボトルをOEMメーカさんからサンプルで集め、ネットでいろんなボトルを見、検討した結果…、既存ボトルをチョイス。第一フェーズはやっぱりリスク低く行きたかったのです。だって、だってね…

零細企業だもの。

ひろお 心の一句。

自分たちがいま与えられたキャパで、出来る限りのパフォーマンスをするしかないのです。予算は湯水のようにある訳ではありません。与えられた条件下でどこまで出来るか。必死よ、必死。ボトル一本とはいえ、トータルすれば数十万円の投資。うぅぅと唸りつつ考えます。

 

「みなさん通常はロングボトルを使ってはりますよー」

というOEMメーカーさんのご意見に、最初はロングボトルに決まりかけてたんですけど。

 

…な、なんか違う!!

 

(いや、既存ボトル選んどいてあーだこーだ言える立場ではないんだけど。)

なんか違う…。部屋に置きたい感じじゃない気がする。ペルソナに選んでもらいたいシルエットじゃない気がする。なんだろう・・・。

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たぶん、このトリガーが違う。ロングボトルにくっつけた時のアンバランス感が、すげー違う気がする。頭でっかちで可愛くないのだ。きっとペルソナちゃんたちは、選んでくれない気がする。。。。

と、そんな時、「あ、じゃあこれはどうすか?」ふと発したスタッフo女史の手元にあったサンプルボトルがこれ。

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あれ??こんなのあったっけ? ロングボトルで決まりかけてたから、頭が固まってたのかな。これがまったく視野に入ってなかった。

「これならまだバランスきにならないね」「なんだろね、微妙な差なんだね」

ボトルの見積(1000本)も予算内。というわけで確定しました。

 

決まるまでは長かったけど、決まるとこういうのはスグですね。そして大事だなと思ったのは、

いろんな人の目線

一人では気づけなかったちょっとした気づきが、メンバーと協業していると生まれていいですね。

 

さていよいよ、デザインのお話へと続きます。